鈴木健.txt/場外乱闘 番外編

スカパー!公認番組ガイド誌『月刊スカパー!』(ぴあ発行)のスポーツ(バトル)では、サムライTVにて解説を務める鈴木健.txt氏が毎月旬なゲスト選手を招き、インタビュー形式で連載中の「鈴木健.txtの場外乱闘」が掲載されています。現在発売中の2020年7月号では、第75回ゲストとしてプロレスリングZERO1・大谷晋二郎が登場。誌面では惜しくも載せられなかった部分を含めて大公開!!

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※鈴木健.txt氏 twitter:@yaroutxt facebook:facebook.com/Kensuzukitxt

大谷晋二郎(プロレスリングZERO1)x鈴木健.txt 場外乱闘 番外編

プロレスが大好きだから
綺麗事じゃなく無観客試合でも
お客さんが見えていました

大谷晋二郎(プロレスリングZERO1)

©プロレスリングZERO1/FIGHTING TV サムライ/カメラマン:中原義史

「お助け隊」の活動の中で得られる
「ありがとう」の言葉による力

プロレスリングZERO1は3月23日に博多で入場者を入れた大会を開催したのを最後に、緊急事態宣言へ入ったことから無観客試合を続けてきました。その中で思ったことをお聞かせください。

大谷 新型コロナの影響下においてはプロレスができないもどかしさをすべてのプロレスラーが抱いていたと思うんですけど、それと同時にいつも見に来てくれていたお客さんが、プロレスが見られないということでこんなに耐え難いものなんだと感じているのを、ツイッターとかを見てわかったんです。それまでも僕らはプロレスファンの熱さを感じてきたわけですけど、別の形でそれをより感じさせられたというか。「次に会場でプロレスを見られる日が来るまで頑張ろう!」って言っているのを見て、プロレスラーである僕らの方が元気をもらえた気がしました。

それまではプロレスファンに元気を与えるため、力を持ってもらうためにやってきたことが、その目の前でできなくなりました。その中で自分自身を奮い立たせるものはどんなところにあったんでしょう。

大谷 常々言ってきたんですけど、僕にとってプロレスとは逆境から立ち上がる姿なんですよ。やられてもやられても這い上がるのがプロレスラーだし、その姿を見て感じられるものを与えるのがプロレスだと思っているので。僕らはそれを体で証明してきたわけだから、何に対しても同じ姿勢で向かっていけるんです。耐えて耐えて、安心してプロレスを見に来られるようになった時に、プロレスの大逆襲が始まると僕は思っています。その意味で、僕はこうしてお客さんの前で試合ができない間もプロレスだと思っているんです。今の世の中って“プロレス”という言葉をヘンなたとえで使っている。僕はあれを聞くたびに本来そうじゃないんだよ!って叫びたくなるんですけど、世間がどう使おうが僕の中にあるプロレスはプロレスの意味をちゃんとなしたものであり、またそれをこうした状況下においても実践し続けていかなければならないと思って、この数ヵ月やってきました。だから、コロナに苦しめられても下を向くことなく前を向いていこうとするプロレスを続いているし、またファンの皆さんにもそうしてもらいたいと思っていました。

日常とリング上の違いであって、姿勢に関しては変わらないということですね。

大谷 そうです。やられながらも立ち向かっていくことは、リング上に限らずともできることだし、それこそが人生において大切なものになっていくわけじゃないですか。会社における仕事に関しても、学校での生活にしても、なんでも逆襲に転じる瞬間がくる。

コロナというのはリング上や日々の生活の中で立ちはだかる相手と違って、見えないだけに自分を奮い立たせづらい対象ではあります。

大谷 その難しい中で全国民はおろか、世界中の人たちが闘っているわけです。僕は、プロレスラーはその先頭に立たなければいけないと思っているんで、敵が見えようが見えまいがっていう気持ちです。みんなが難敵と闘っているのに、プロレスラーがそんなことを言っててどうするんだって。ただ、逆襲の日まで呼びかけるだけで何もせずじゃ伝わらないですよね。だから、試合ができない中で我々ができることはないかと考えていたところ、「お助け隊」という形でやれるようになって。

外出制限により困っているご老人、体の不自由な方々の送迎や買い物サービスを無償でおこなっている活動ですね。

大谷 僕らがお世話になっている会社の会長さんが「レッツレンタカー羽田空港店」さんに近い方で「レンタカーが何台か使えるんだけど、ボランティアができるようならやってみないか?」とご提案いただきまして。おばあちゃんを病院へ送り迎えしたり、お弁当を届けたりするんですけど「本当に無料でいいの?」って聞かれるんです。「ええ、無料でいいんです」「それじゃあアレだからこれだけでも(お金を)もらって」「いえいえ、本当にいいんです!」「でも…それじゃコレ持っていって」と言って、お菓子をくださろうとするんです。でも、それもお気持ちは大変ありがたいんですが、いただかないようにして「食べてください」って言うんです。なんていうかな、その気持ちの温かさだけで僕らは十分なんですよ。助けるためにやっているはずが、逆に僕らが気持ちの面で助けてもらえている。しかもこういうのは、お金じゃ買えない経験じゃないですか。

いかついプロレスラーがお弁当を持って家に現れると。

大谷 やっぱり会うまでは皆さん、警戒するみたいで。見たことない方はプロレスっていうだけで構えてしまう。でも、会うと皆さん「意外とやさしいのね。ありがとう」って言ってくれます。その“ありがとう”がね、今の自分たちにとって力になりますよ。感謝してもらえることのパワーってすごいなって、改めて思います。テイクアウトのものを代わりに取りにいくと、そこのお店の人にも「ありがとう」って言われる。すべての人から感謝の言葉をいただけて、心から「やることがない我々にやり甲斐の持てることをやらせていただいて、こちらこそありがたいです」って思います。

こういう活動をやると、選手の皆さんに言った時はどんな反応でしたか。

大谷 「こういうことを始めるから、運転免許を持っている人は協力頼むね」って言ったら「ぜひ!」ってみんな言ってくれました。

そこなんですよね、ZERO1の皆さんは大谷さんの姿勢を理解した上で率先して一緒にやろうとする。これまでもボランティア、チャリティー活動を続けてきて従来のプロレス以上に一人ひとりの皆さんと密接な関係を築いてきました。

大谷 地方にいって子どもたちの前でプロレスの試合をやるんですけど、今の子どもたちは高校ぐらいまでプロレスを見たことがない子がほとんどで、小学校ではプロレスごっこも絶滅していて僕らの頃のように遊びを通じてプロレスを知る環境ではなくなってしまっている。だから試合をやる前にルール説明から始めるんです。

「両肩がついてレフェリーが3つ数えたら勝負が決まる」といった見る上で必要な最低限のルールをリング上で実践して見せるんですよね。

大谷 それぐらいの認識なんです。でも、初めて見た子どもたちが大きな声で応援してくれる。学校にリングを組んで試合をやる時は、試合前に選手たちで各クラスにいって子どもたちに会うんです。そのあとで試合を見ると、名前は知らないけれど「さっきクラスに来て一緒に給食を食べた体の大きなお兄ちゃんが闘っている」という親近感を持ってくれて、すごく感情を爆発させてくれるんです。

選手名はわからずとも「頑張れー!」と声を飛ばしている。

大谷 さっき、校庭で一緒に駆けっこをしていたお兄ちゃんが、殴られ蹴られしているんですよ。知っている人がそんな目に遭うところなんて見ないじゃないですか。だから夢中になって「お兄ちゃん、頑張れ!」って言ってくれる。それに応えて選手がやり返す姿を見て、頑張るとはどういうことなのか、耐えてそこから立ち向かうのがどういうことなのかを子どもたちはじっさいに見て学ぶんです。そういう場を子どもたちに提供できるプロレスは、絶対になくしちゃいけない! なくしちゃいけないからこそ、こういう世の中でも自分たちのできることはないかと探して、それがお助け隊という形にもつながっているんです。

継続、諦めない、根気…すべて時間が
かかるから立ち上がることの大切さを

6・6サムライTVマッチで大谷さんを相手にデビューした永尾颯樹(さつき)選手は、中学生の時に学校で大谷さんの講演を聞いてプロレスラーを目指したと聞きました。この2月には、新潟の高校生時代に文化祭へZERO1を呼んでプロレスの試合をやってほしいと署名運動をおこないその後、新潟プロレスでプロレスラーとしてデビューした鈴木好喜選手との時空を超えた一騎打ちも実現したように、長きに渡り蒔いてきた種が実ってきたのだと思えます。

大谷 僕らが続けてきた「いじめ撲滅活動」における新潟での試合を当時、鈴木選手ともう一人の学生が見に来て、どうしても自分たちの高校でもやってほしいって署名を集めたんですけど、最終的には学校側からOKが出ず実現はしなかった。でも、この活動を15年続けてきた中で、やっと種が実り始めたんです。だって、そのイベントを見た子が今、プロレスラーになっているんですよ! これって僕、すごい意義のあることだなと思って。継続は力なりと言いますけど、継続は力とともに信用も生み出すんです。みんな、続けていることで信頼してくれる。だからこそ、こういう世の中でも続けなければならないし、こういう時期だからこそ芽が出て実ができたことがたまらないものとして感じるんです。

当時から、試合や講演を通じて将来そういう人たちが出てくればと思いながらやっていたんですよね。

大谷 いや、正直言うといつかこの中からプロレスラーが生まれればっていうのは思っていなかったんです。とにかく一生懸命やることしか考えていなかったので、そういう発想がなくて。だからこれは、自分の想像を超えたことなんです。ねっ、プロレスってすごいでしょ? でも花って、花が咲いて実がなったら終わりではない。今度はその花を大きく咲かさなければならない。それがプロレスのリングでやるべきことです。それもとても根気がいることじゃないですか。継続、諦めない、根気…すべて時間がかかることなんですよ。答えが出るのは今じゃなく、そのずっと先なんだから、立ち上がらなかったらそこにたどり着けない。諦めないことの重要性を子どもたちに伝えるのは、プロレスによって僕自身がそれを知っているから。

ZERO1が続けてきたチャリティー大会や活動の意義をわかった上で同時に思うのは、会社の経営を思えば本当ならば有料にした方が少しでもラクになるのに…なんです。先ほどのおばあちゃんたちと同じように、ここまでしてくれたら無料というのは…と思う方々もたくさんいるのではと。

大谷 それができるのは言うまでもなく、支えてくださる方々がいらっしゃるからなんです。そういうことをやるなら協賛しますよと言ってくださる方がたくさんいるからできている。

それも信用ですよね。大谷さんって、小さい頃から何事に対しても一生懸命やる子どもだったんですか。

大谷 僕はそうだと思っているんですけど、どうだったんだろう…とにかくプロレス小僧で、なんでもプロレスに結びつけていたんです。好きなものに結びつけることによって頑張れる。いろんなところで言っているんですけど僕は体が弱い子で、プロレスラーになるという夢があったから頑張れた。プロレスに救われたから、プロレスラーになった自分でも誰かを救えるんじゃないか、やれることがあるんじゃないかって考えるんです。

すべての動機がそこなんですね。この自粛期間中、時間ができたので何か新しく始めたことはありましたか。

大谷 僕は面白くなくて申し訳ないんですけど、なかったですね。家と道場の間を往復するだけで、家で何かやろうとしても子どもが一番やんちゃな時期で何もできなかったんです。まあ…プリキュアが詳しくなったぐらいですね、アッハッハッ。

47歳でプリキュアに詳しくなる!

大谷 プリキュアってすごいんですよ。毎年○○プリキュアって変わって、それを十何年も続けていて、もう70人ぐらいいるんです。その半分ぐらい言えるようになりました。そんな感じなもんで、時間ができたから映画でも見ようと思っても子どもがプリキュア見るって言ったらそっちが優先になってしまう。

この取材の時点ではまだ明確に先は見えていないですが、やれるようであれば「天下一ジュニア」から再開する方向だそうですね。

大谷 毎年夏に開催している「火祭り」の場合、開催期間が長くなってしまうので、まずは天下一からと考えています。

大谷さんも出場されると…。

大谷 いや、これはもったいぶるわけじゃないんですけど、俺が出るんだ!という気持ちはないんですよ。若い時は違ったんですけど、今は必要とされれば出るというスタンスで。出たくないっていうんじゃないですよ。ZERO1にとって、天下一にとって、火祭りもそうですけど大谷晋二郎が出るべきか否か。

「大谷晋二郎は出るな」なんていうファンはいないでしょう。

大谷 はい、そこはしっかり考えます。そこでお客さんを入れる形ができればいいんですけど…僕の場合は強がりでもなんでもなく、無観客でも通常と変わらないんです。やられながら自分で「オータニ」コールをしていたんですけど、全然浮いた感覚がしない。顔面ウォッシュにいく時も「一人で叫んでいた」って言われましたけど、綺麗事でなく僕にはお客さんが「オイ! オイ!」ってやってくれているのが見えていました。

見えましたか!

大谷 はい! だから、無観客だからやりづらいなんてまったく思わなかった。本当はお客さんがいる中でやるのが一番ですけど、苦ではないです。

意図的に自分をそちらへ仕向けたのではなく、自然体としてそれができたんですね。

大谷 プロレス大好きですからね。

プロレスが好きであれば、観客がいなくともいるのと同じ…。

大谷 いやいや、いるんです。僕の中では観客が。

来年3月14日には20周年記念として10年ぶりに両国国技館へ進出することが発表されています。

大谷 これは絶対にやります。何がなんでもやります。やるってお客さんに約束したんですから。これから試合数が増えたら、時間がある時にやる形となると思うんですけど、お助け隊としての活動は期限を決めていないんです。なので、そこで出逢ったおじいちゃん、おばあちゃんたちが、安心して来られるような世の中になったら会場へいらっしゃっていただきたいんですよね。皆さん、見に来てくださいって言ったら「いくよ」って言ってくださるんで。

社交辞令ではなく本心で見たいと思っているはずです。直接的なふれあいと感謝による関係性を築いたんですから。

大谷 それも種蒔きです。どんなに時間はかかっても実がなって花が咲くことを僕らが証明しているんですから、プロレス界全体も同じですよ。辛抱しているのはプロレスラーだけじゃないのはわかっています。その上でもう少し一緒に辛抱してください。僕は絶対に下を見ません。上を向いて歩きましょう!