鈴木健.txt/場外乱闘 番外編

スカパー!公認番組ガイド誌『月刊スカパー!』(ぴあ株式会社発行)では、毎月旬なゲスト選手が語る「鈴木健.txtの場外乱闘」が連載されています。現在発売中の2024年10月号では、第123回ゲストとして東京女子プロレス・渡辺未詩選手が登場。誌面では惜しくも載せられなかった部分を含めて大公開!!

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渡辺未詩<東京女子プロレス/アップアップガールズ(プロレス)>x鈴木健.txt 場外乱闘 番外編

ドルオタだったからこそ
変わったことをしたいと
思っちゃうんです

渡辺未詩<東京女子プロレス/アップアップガールズ(プロレス)>

自分目線の夢がベルトを獲ってから
東京女子でなりたいものに変わった

3・31両国国技館大会で山下実優選手を破り、団体最高峰のタイトルであるプリンセス・オブ・プリンセス王座を初奪取した以後、ウェブメディアも含めて取材を受ける機会が増えたと思われますが、これはご自身が望んでいた環境ですよね。

渡辺 (ニッコリと笑いながら)そうですね。有名になりたいとは思っていましたから。ちっちゃい時からアイドル好きだったので、なれたらそういったものにいっぱい出られる!って想像していたものになっています。

本当に、その通りになったのですから言うことないです。自分の発言一つひとつが“作品”として一生残るわけです。

渡辺 そうなんですよね。一生残りますよね。ちゃんとしたことを言わないと。

王座奪取から半年、順調に防衛活動を続けてきています。団体最高峰から見る風景はどんなものに映っていますか。

渡辺 プロレスをまったく知らずに入ったところからのスタートだった私が、プロレスラーとしての物心がついて初めて持てた夢が一番上のベルトを獲れるぐらいに強くなりたいだったんです。そこを目指してこの7年間ずっとやってきたのが、いざ獲ったらどう変わるんだろうというのは自分の中でもありました。でも実際は、基本的な気持ちはそんなに変わらなくて、デビューしたての頃にこうなりたい、ああなりたいという自分目線の夢だったものが、ベルトを獲ってからは東京女子で有名になりたいとか、そのために東京女子を引っ張りたいと考えるようになったのが変化した部分だと思います。もちろん獲る前から東京女子が特別な存在ではあったんですけど、より引っ張るという面で意識が変わりましたね。

プロレスを知らない状態で入ってきた時点で一番になりたいという目標は持てたんですか。

渡辺 これは今までも話してきたことですけど、始めた頃はプロレスが嫌いだったんです。プロレスがやりたくて始めたわけじゃなくて、アイドルになりたくてたまたまプロレスも兼任するオーディションを受けて、気がついたらプロレスラーになってしまっていた感覚で。プロレスの練習を重ねていく上でアイドルを目指していたのに何しているんだろう?という思いが苦手意識につながっていったんですけど、嫌だなっていう気持ちは半年ぐらいで少しずつ変わっていきました。

もともとアップアップガールズ(プロレス)はそういうことをやるグループだという認識を持ってオーディションを受けたんですよね。

渡辺 そうです。初めて東京女子を見てやりたい!と思うぐらいすごくキラキラしたものに見えたから始めたんですけど、実際やるにあたりアイドルを目指すのだから、部活でついちゃった筋肉を落としたいって思っていたんです。筋肉がなければ、もっと細いのにってコンプレックスに思っていたものなのに、プロレスでは逆にもっと筋肉をつけなさいと言われる。今ほど女性が筋トレをやるっていうのがポピュラーじゃなくて、女は細いのが一番という価値観の時代でしたから、受け入れきれなくて。

想定はしていたけど、やってみたらやっぱり違うなと。

渡辺 東京女子って輝いている!が入り口ですから、そこにある闘いというものがなんなのかまでは考えが及んでいなかったんですね。見たあとに“プロレス”で調べると闘いとともに“エンターテインメント”って出てきて、より難しく思えて。ましてや私の場合はプロレスとアイドルが同時スタートでしたから。それまではプロレスラーが歌ったり、アイドルがプロレスしたりすることもあったと思うし、もともと人気のある人がやる場だったと思うんです。でも、どちらもそこからがスタートっていうのは何も知らない田舎もんが出てきて「私、どっちもやるんで応援してください!」という環境だからこその難しさに直面した感覚でしたね。

「(プロレス)」とついたグループだから、プロレスが付随してくるものであることはわかっていたけれど、プロレスそのものに理解が及ばなかったんですね。

渡辺 もともとアイドルオタクだった私からしたら、ももクロさんとプロレスラーが絡んでいたなぐらいの認識で、闘う意味など考えたことがありませんでした。あと、ちょうどAKB48さんが「豆腐プロレス」をやっていた時期だったので、アイドルをやるのに近いのかな?程度の認識だったんです。私たちの先輩グループのアップアップガールズ(仮)さんもアスリート系アイドルとしてライブをやっていたので、アップアップガールズ(プロレス)とは言っているけど、そんなにプロレス・プロレスすることはないだろうっていうぐらいの姿勢でした。

アイドルになりたかったのに、スタートからちょっと違った方向性にブチ込まれたと。正統的アイドルから見れば筋肉をつけるなど180度違います。

渡辺 そうなんです。最初はいわゆる王道のアイドルグループに入るイメージを描いていたのが、細いのが正義じゃないことをやっていて真逆にいってしまっているなと思いました。

早い段階でこれは違うなと気づいたにもかかわらず、よくやめなかったですね。

渡辺 うーん、そこは今やめたら絶対に後悔するという感覚がありましたし、初めて東京女子を見た時のキラキラ感の中に自分が入り込むまでのことをやらずに後悔するのは嫌だなっていう。好きにはなりきれない中、でもちゃんと向き合わなきゃって感じでした。

ちょっと話を戻すと、東京女子を初めて見たのはオーディションを受ける前だったんですか。

渡辺 オーディションを受けるとなって、審査中の時に見学してくださいって言われる形で生まれて初めて…それこそ映像でさえ見たことがなかったプロレスというものを見ました。何も知らない状態で最初に入ってきたのは、アイドル曲を入場曲にしている人が多いなでした。それもあって、入場してきた途端に私のあこがれるアイドルがキラキラしている!という感覚になったんです。

試合よりも入場シーンに惹きつけられたと。

渡辺 はい。曲に合わせて入場してくる姿を見て、なんかやりたいかも…って思ったのが最初の最初です。試合になったら、エルボー一つをとってもどれぐらい効くのか、ドロップキックって痛いの?とか、本当に超素人な感想で。あのう、ドロップキックを見てなんでやられた方だけじゃなくて蹴った人も倒れるの?って思ったんです。

二人とも倒れるのが不思議に見えた。

渡辺 自分も倒れることになんか意味があるの? でもそれはわからないみたいな。蹴った瞬間、その情報処理ができなかった。その時点では、ドロップキックという名称さえ知らなかったわけですから。とにかく一つひとつの動作がわからないだらけで、試合に関してはそんな感じでしたね。

入場シーンを見て惹き込まれていったあと、すごい攻撃を体で受けているシーンを目の当たりにするわけですよね。これを自分がやるのか!?とは思わなかったんですか。

渡辺 自分がやるイメージは湧かなかったんですけど、オーディション期間中だったので、普通の状態より闘争心があったというか、合格したい気持ちがメチャクチャある中だったので、合格したらこんなにキラキラしている入場をして、みんなに頑張る姿を見てもらうことができるんだ!までしか考えが及んでいなかったです。私のようなアイドルオタクが歌って踊るために日々努力して、音が外れてもダンスが間違ってもステージに上がる努力を続けたら、こうやって輝ける。手段は違うけど闘っているわけで、何か近しいものがあるんじゃないかと。

まあ、見学した上で選んだわけですから「話が違う!」とは言えませんよね。

渡辺 そうなんですよ。やりたい!という気持ちだけで選んで、やってみたら受け身の意味も首を鍛える理由もわからなくて。今、自分がやっていることが何につながるのか理解できないままやっているんです。首を鍛えなきゃいけないのはなぜなのか。それよりも、首が太くなってかわいい衣装を着れなくなっちゃうよ! どうしよう…っていう思いの方が大きくて。筋肉痛になればなるほど、今までに味わったことない箇所の筋肉痛だったり、ロープワークの練習で背中に痣ができたり。

理解を得られず続けるというのはシンドかったでしょう。

渡辺 受け身にしても、なんで床に背中をくっつけているんだろう?からのスタートでした。受け身って、地味な作業じゃないですか。それを回数やるのも辛かったですね。

コンプレックスが残っていた自分の
背中を事務所の社長が押してくれた

一緒にスタートしたアップアップガールズ(プロレス)の3人も同じように悩んでいたんですか。

渡辺 私とらくちゃんはアイドル志望だったんで同じ感覚でした。あとの2人(ぴぴぴぴ ぴなのと乃蒼ヒカリ)は格闘技経験があったりプロレスオタクだったので、感覚は2つに分かれていたと思います。知らないで入ってきちゃったから、私たちは最初にあこがれていたようなアイドルにはなれないよね、やめるなら早い方がいいよね、筋肉がつく前にやめなきゃねって、らくちゃんとは話していました。

アイドルとしてはメチャクチャ不利な方向を突っ走っている。

渡辺 今まで自分にとってコンプレックスだったものの要素を逆に増やせって言われている。それでどうにも理解しきれないし、理解できても今まで苦手だったものと向き合わなければならない葛藤で、筋肉がつく以前に普通の王道アイドルを目指し直そうか、プロレスという正直わからないものから逃げようかと悩みました。でも、逃げなければ自分がコンプレックスだと思っていたものを長所に変える可能性も秘めているのではと考えるようになれたんです。あとは、いろいろなアイドルをオタクとして見てきたからこそ、変わったことがしたいと思っちゃうというか、中学生の時に見ていたアイドルのバラエティー番組でも、王道にすまして座っている子よりは面白いことがいっぱい言えたり、変顔も余裕でできちゃったりするぐらいの人になりたいって思っていたのがあったので。

朝日奈央さんみたいな。

渡辺 そうそう! それこそアイドリングさんみたいな。何かに特化したアイドルにもあこがれていたので、そういう意味では諦められないなっていう感じで続けられました。

プロレスが好きで入ってきたのであれば、辛くても続けられますけど、未詩選手の場合は好きでもないのに続けられたのはどうしてなんだろうと思っていたんです。

渡辺 一つ支えになっていたというか、オーディションの時からアイドルとプロレスはすごく近しいものだというのを事務所(YU-Mエンターテインメント)の社長さんも髙木(三四郎)さんも口を揃えて言っていたので、今はわからないけど何かがあるんだっていうのはずっと頭の中に残っていたんです。それで実際に見てみたら、選手の皆さんのキラキラした姿と私の目指しているものが近かったんで、あの時に言っていたことは本当なんだって思えて。アップアップガールズ(仮)さんがDDTと絡んでいるのを見たら、髙木さんってアイドルと絡む思考がある人という印象だったので、ここにいるのが正解って思えました。

その頃はリアルタイムで見ていないですよね。

渡辺 はい。あとで知ったことです。アプガも好きだったのでツイッターをフォローしていたら高校3年の夏、アイドルとプロレスの両方をやるオーディションを開催するって出ていたんです。就職を予定していたんですけど、就職活動をする前にアイドルになりたい思いだけでプロレスの方はそれほど入ってこないままここで応募しないことで後悔したくなと、勢いで送りました。

あと数ヵ月募集が遅れていたら…。

渡辺 普通に就職活動に入っていたので、今の私はなかったかもしれません。

そうした過程を踏まえると、今ではむしろパワフルなスタイルがプロレスラーとしての自分のカラーになっているわけですから、何がどうなるかわかりません。

渡辺 踏んぎりのようなものがついたきっかけになったのは、デビューして半年ぐらい経ったところで、山下さんとシングルマッチで対戦したんです(2018年6月27日、新宿FACE)。アプガ(仮)と東京女子のコラボ興行で、アプガ(プロレス)の4人が全員シングルでやるということで、くじ引きで私は当時、プリンセス王者の山下さんになったんです。

デビュー半年で団体最高峰のチャンピオンと。

渡辺 チャンピオンと一騎打ちとなったからには、ここで頑張らないとヤバいってなりました。この時点でもまだプロレスが好きになりきれていなかったんですけど、それでも何かをつかみたいし、何かを残したい気持ちになりました。そこで頑張ってみたら、初めてプロレスに対する気持ちが試合をやっている最中にガラッと変わったんです。

試合をやりながら劇的な変化があったと。

渡辺 はい。あと、これは試合をやる前ですけど(辰巳)リカさんがコメントの中で「アプガはもっとできるよ」と言ってくださっていて、プロレスを好きになりきれない気持ちだったり、私はどうなっちゃうんだろうという不安だったりがその言葉で半分ぐらい変えられていたのもありました。リカさんがそう言ってくれるなら、もっとやらなきゃ、歌とプロレスのどちらも頑張ることがリカさんは正解だと思ってくれているんだって勝手に受け取って。そのタイミングで山下さんとのシングルマッチが組まれて、ここで頑張らなきゃという気持ちがいつもよりだいぶ強くて、それで試合後に初めてマイクを使って「どっちも全力で頑張って、二兎を追って二兎を得ます!」って宣言をして、そこからプロレスにどんどんのめり込んでいきました。アイドルにも、初めて見た東京女子に感じたキラキラした存在になるためにも、筋肉をつけることが私にとって一番の近道なんだと気づいて、筋トレに対するコンプレックスがなくなっていったんです。

一つの試合がガラッと変えてしまった。

渡辺 そうですね。そこからはとにかく重いものを持つ意識に変われました。ただ、変わったとはいえけっこう根の奥の方に持っていたコンプレックスだったので、この体格だったらもうアイドルにはなれないという思いもあって、すぐには気持ちよくトレーニングできなかったんですけど、その苦手意識もちょっとずつなくなっていって。そこからの半年間はとにかく練習量をいっぱいやらなきゃという意識で前向きになれました。11月にマジラビ(坂崎ユカ&瑞希)が持っていたタッグのベルトに、ずっと一緒にやってきたヒカリちゃんと挑戦できることになって、初めてマジラビの2人を同時に持ってボディースラムをやったんです。そこでさらに、このパワーによってお客さんがキラキラした目で見てくれることに気づいて、より頑張ろうってなれました。最終的に筋トレのコンプレックスがなくなったのが、その年の大みそかに初めてアプガ(プロレス)の単独ライブを開催したんですけど、それに向けてアプガ(プロレス)らしく一人ひとり目標を決めた上でライブに向けて頑張ろうという企画があって、私は社長から肉体改造というお題を出されたんです。最初は、肉体改造までになるとボディービルダーみたいな体になっちゃったらどうしようと思ったんですけど、言われた翌日には180度変わって筋肉に振りきれていました。それまでも自分なりにメチャクチャ筋トレ頑張っていましたけど、特に頑張った期間で。根にあるものが消えきれていなかったから、それまではどこか人並みに頑張るぐらいだったと思います。でも、プロレスに対してはもう好きになれているから、どうしたらよりプロレスラーとして強くなれるんだろう、それは筋トレだよなっていうことをおそらく社長が気づいて、まだコンプレックスが残っていた自分の背中を押してくれるための企画だったんだと思うんです。その1ヵ月間は、試合のあともそうだし、時間が空いたらジムにいっていましたし、とにかく毎日ジムにいって変われました。

事務所の社長さんがよく見てくれていたんですね。最後の葛藤を取り払ってくれた。

渡辺 そうなんです。あと一歩踏み出せないところで企画にして、そこでガラッと自分を変えられた。パワーがつくだけでなく、自分の姿勢であったり、発想の部分であったりで変わることができました。

首が太くなるといった現実について自分の中で気持ちの処理はできているんですか。

渡辺 自分がなりたかった理想像とは違くとも、アイドルって言ってしまえばアイドルなんだって思えました。悩んでいた当時はオーディションに合格してデビューライブをやったあと半年間ほぼライブ0で、ボイトレやダンスレッスンよりプロレスの練習の方が倍以上っていう日が続いて。でも、社長もプロレスオタク少年だったのでアイドルの社長とは思えないようなことを言うんです。「プロレスラーは練習しなきゃリングに上がれないけど、アイドルはマイクを持てばアイドルだから」って。ドルオタの私としては、それをアイドル事務所の社長が言うの!?って哀しくなっちゃったんですけど、プロレスはケガがつきものという点ではそういうことなんだって思って。そこからプロレスラーとして輝けば、アイドルとしても輝ける存在になろうと思えばなれるんだと受け取れた時に、首が太いとか気にならなくなりました。

自分の力を表現するために、たとえば2人同時にジャイアントスイングで回すというような発想はプロレス好きならば浮かんでくると思うんですが、そうではなかった未詩選手がバリエーションをちゃんと考えられるというのも興味深かったんです。

渡辺 そこはアイドルオタクの頃に、このアイドルが売れた理由はなんだろうとか、そういうのを考察するのが好きだったんですよ。プロレスも、どうやったら強くなれるんだろうと、どうやったら見てもらえるだろうといろいろ考えた中で、1人を持った時に軽すぎるなってスイングしながら思って、じゃあ2人いけるんじゃない?という感覚から出ました。開花式ジャイアントスイング(ベアハッグから相手の両脚をクラッチし、高速回転して相手の手を振りほどきジャイアントスイングに移行)に関しては、長年見ている方と比べたら、ジャイアントスイングは相手が寝ていないとできないという固定観念がなかったというのが大きかったと思います。知らなかったからこそ、浮かんでくる発想って言えばいいんですかね。

それが、プロレス好きな人間であればそうしたバリエーションを考えること自体楽しくてやるわけですが、大元の形が一つあればそれでいいとはならず、見栄えや威力のアップグレードを考えることができているというのはオタク気質が原動力だったんですね。

渡辺 練習生の頃も、これが何につながるんだろうっていうのを経験していく中でどんどんつながっていって、プロレスって知れば知るほど深いし、知ったと思ってももっと知らないことがあるものじゃないですか。それにここ数年はハマりまくりで、好きになってからは暇さえあればプロレスってなっています。

スポーツ経験はソフトボールと聞いていますが、プロレスはそうした競技とはまた違いエンターテインメント性であったり、相手の技を受けることで強さを体現するという独自の文化だったりがあります。そこに対する理解はすぐに得られたんですか。

渡辺 ちょうどオリンピックをやっていたじゃないですか。体操の映像を見ていると、前に演技した人より上の得点を目指さなきゃいけない、そしてその得点によって喜んでいる裏側には、悲しんでいる人がいると思ったら私も悲しくなっちゃって、オリンピックで悲しい思いをしちゃったんです。たぶんなんですけど、もともとみんながハッピーだとか、みんなで幸せになるっていう思考の人間なんだと思います。だからこそ、技を受けることに関しても違和感を持たなかったのかもしれません。

他人の足を引っ張ってでも自分が上にいければいいという発想にはならないんですね。

渡辺 もちろんプロレスも勝敗を競っているわけですから、言われてみれば確かにちょっと変わっているのかもしれないです。ただ、最初の動機として東京女子というこの場所が好きになって始めたわけですし、東京女子だからこそプロレスに出逢えて、前向きになれない時を経て好きになれたというのがあるので、家族とかそういうのもいろいろある中で東京女子が一番の居場所だし、一番愛していられるんです。

入場曲の中に「L.O.V.E.ラブプロレス」という歌詞が出てくるじゃないですか。先ほど、最初はプロレスが好きになれなかったと言われていましたが、デビュー時から使っていましたよね。

渡辺 あれは自分の意思が一切入っていなくて、メンバーカラーにしても入場曲にしてもコスチュームにしても、全部会社の方で決めていただいたものだったんです。だから心の中で、本当はこんなに清々しく“ラブプロレス”って言えなくてごめんね!って、ずっと思いながらやっていました。もう、申し訳なくて。これを与えられたからこそ好きにならなきゃと思いながら、聴くたびに嫌いになっていくじゃないけど、反射的にごめんなさいって思っていました。だから最初はすごく嫌でしたね。今でこそあの入場曲は自分にピッタリって思えるんですけど。自信がないとその言葉って使えないじゃないですか。デビュー直前のレコーディングの時、アイドル曲の方は感情がこもっているけどプロレスの方はもうちょっと心の底から歌ってもらえないかってしっかり言われました。そんな感じだったので、どう頑張っても泣きそうになりながら「プロレスが好きだー!」って叫んでいましたね。

プロレス会場でアイドルのライブの
ように声を出してもらいたい

そういう思いをしながら7年間続けられてきたことに関しては客観的にどう思われますか。

渡辺 アイドルになるって決めた時から、それで人生を終わりたいと思うぐらいアイドルになることにしか夢がなかったので、そこにプロレスが加わったことであとあとの人生を描けるようになっているなって思います。アイドルは年齢的にいつまでもやれるものではないですけど、プロレスラーは三十代四十代でも頑張れば年齢に関係なくできるじゃないですか。その感覚で一生やりたいぐらいに思っています。

好きではなかったものを、一生やりたいと思えるようになったと。

渡辺 その感覚は2年目ぐらいにはありましたね。これをずっとやりたいって。プロレスをやめる未来は見えないですけど、オタクだからこそ厳しくアイドルの美学を見てしまうところがあって、四十代でアイドルというのも違うというのがあるんです。ただ、私の場合は両立させることが自分のキャラクターとして成り立っている部分があるので、できるものならどちらも年齢に反してやっていきたい。

自分次第では80歳になってもアイドルだって言い張ろうと思えばできますよ。それこそほかがやらない道になります。

渡辺 確かにそうですね。一生かわいくいられるよう、シワシワにならないように考えます。

アイドル活動の方で、プロレスでは得られない快感、満足感、達成感は何になりますか。

渡辺 アイドルとプロレスの共通点が多い中で、プロレスの場合は基本的な目線や応援してくださる熱量が同じなんです。でもプロレス会場だと、アイドルのライブにあるようなコールはしづらい。それがライブハウスだとプロレス会場にいるファンの人でもすごく声を出してくれるんです。そこがアイドルのライブだからこそ得られる感覚だし、私はプロレス会場でもそういう空間にしたくて。プロレス会場でもそうなる可能性はあるから、ライブハウスで声を出す感覚をプロレス会場にも持っていきたいって、ずっと思っています。プロレスが好きになってからの6年、頑張っているんですけどやっぱりみんな恥ずかしがっちゃいますよね。

その布教活動として、物販の時に直接ファンの方々へ呼びかけているんですか。

渡辺 していますし、声を出してくれた人に向かって「今の、メッチャ聞こえたよー!」って言うし、出してくれる人もいっぱいいるんです。あとはオープニングのライブ中に自分でも声出して煽っています。

プロレスの場合は、試合が始まるとライブのようなノリで声を出しづらくはなりますよね。

渡辺 そうなんです。でも、一緒にワンツースリーって数えたり名前を呼んでくれたり、ロープに這っているところで「逃げろ!」って言ってくださると、本当に一つひとつが力になるんです。コロナ禍で声出しがダメで、それが解禁された時のジャイアントスイングに合わせてコールしてもらえたんですけど、それがすごく力になったという経験をして、そういうのをもっと増やしていきたい、それには声を出しやすい環境を作りたいって思います。

それを思うと大会オープニングでアップアップガールズ(プロレス)によるミニライブをおこなっているのは貴重な時間ですね。

渡辺 はい。今は、最初に出ることが当たり前になっているんですけど、チャンピオンになってからは最後も締めることになったじゃないですか。最初はけっこうラフな感じになるのが、今でも最後は緊張します。

オープニングの歌とメインの締めではメンタルが違う。

渡辺 今はその切り替えもパッとできるようになりました。逆に、歌がないと試合の気持ちになれない感覚があります。スポーツ選手で、試合のギリギリまでイヤホンで音楽を聴いているとかあるじゃないですか。それによって効果があるのかはわからないですけど、音楽からもらえる力ってすごいし、自分たちで歌ってスタートからお客さんにパワーをもらえるという意味で、ライブのよさを実感できます。だからミニライブは続けられる限り続けたいです。

東京女子として初進出する9・22幕張メッセはアイドルライブのメッカでもあります。

渡辺 AKB48グループがいっぱい出るライブ、見にいきました! ハロプロも毎年、幕張メッセでやっていて、今回のビッグマッチが決まった時、勝手にハロプロの一員だと思って頑張ろうって思いました。そこでチャンピオンとして防衛戦ができるなんて、この先そうあることじゃないでしょうし、普通にアイドルになっていたら立てていなかっただろうなと思います。

なかなか立てないステージといったら、武藤敬司さんの引退興行で出場した東京ドームもそうでしたよね(東京女子提供試合として出場)。

渡辺 あの時は本当に驚いたとともに、感謝の場でした。有名なアイドルを目指していたのはもちろんなんですけど、ライブハウスでの活動を主にして、ライブするアイドルも高校生の時は目指していました。池袋の噴水広場や同じ東京ドームでもラクーアに立ちたいって思っていました。そういうステージに立てていないのに、それを飛び越えて東京ドームに立てちゃったことで、自分の中で計算が合わなくて…なんだか、本当にプロレスと出逢えてよかったなって。プロレスをやっていなかったら、こうはならなかったでしょうね。

幕張での防衛戦の相手・水波綾選手は夏のシングルトーナメントを制覇して挑戦してくるわけですが、過去に1度シングルマッチで対戦しています(2022年7月9日、大田区総合体育館)。

渡辺 あれが東京女子以外の選手と闘った初めてだったんですよ。私、ビビリなので怖いなっていう印象だったんですけど、正面からぶつかってみて物理的怖さというか、チョップの痛みもすごい感じたんですけど、そこから得たものがすごく大きくて、あの試合が自分のスタイルをさらに極めるきっかけになった一戦だったと今も思います。

自分の方向性がパワーに特化したものと固まった中での一戦でした。

渡辺 東京女子にはいないタイプでしたし、自分のパワーを体格が全然大きい相手に生かすには、よりパワーを極めるという考え方が一つ加わったんです。そこから2年間の中で実際に回すことができたこともあったんですけど、水波さんが東京女子に出る中で基本的には相手が挑んでいく形になる。でも今回は水波さんが挑戦者ってなった時に、それを文字にした時に理解が追いつかなかった。

王者・自分vs挑戦者・水波という字ヅラが。

渡辺 はい。初めて対戦した時もウィロー・ナイチンゲールが来日できなくて、1週間ぐらい前に水波さんに相手が変わって正直、私はどんなプロレスラーなのかわからなかったんです。それで入場するや東京女子のファンの人たちが吸い寄せられて「アニキ」コールをしていた。あの存在感が本当にすごいなって思いました。

東京女子内で切磋琢磨してきた中で、今回は初めて違う文化でやってきたいわゆる既成の女子プロレスラーとのタイトルマッチになります。

渡辺 文化という意味では、ロックアップの時点でこれは違うって思いました。あとはタックルでぶつかった瞬間の感覚。それは、水波さんだからというのもあったんでしょうけど、そういう場面では水波さんが「来いよ!」って言ってくる。それが東京女子にはなかったんですよね。

まったくプロレスを知らなかったアイドル好きの人間が、従来の女子プロレス文化を持つ相手とビッグマッチのメインで闘うまでになりました。

渡辺 アイドルを目指していた頃は一ミリも思っていなかったことですけど、これほどプロレスを好きになって、こんなにもプロレスを毎日して、プロレスのことだけを考えて東京女子のことだけを考えて生きている。それぐらいハマったものなので…きっかけがないとプロレスって見ないじゃないですか。だからこそ、そういう数年前の私みたいな知らない人に届けていける存在にこの人生を懸けてなりたいって思います。

人生を懸けてというのは大きく出ましたね。懸けられるほどのものになっているんですね。

渡辺 はい! もっともっといろんな人に好きになってもらえるような、東京女子が皆さんのお茶の間まで届くように頑張りたいと思います。ただ有名になるだけではなく、当たり前に皆さんまで届くような存在を目指します。

アイドルとしての今後の目標は?

渡辺 このプロレスを広めていける存在として、もっとたくさんの会場でライブして、プロレスを知ってもらうきっかけになりたいです。新宿FACEはすでに単独でやっているんで、今度は後楽園で単独ライブを。

プロレスラーとしてあれほど経験している後楽園で。

渡辺 はい。そこで単独ライブ&プロレスという形でやってみたいです。あとはやっぱり日本武道館だったり、東京女子としてはでやっていますけど、アプガとして両国国技館だったり。その場合はやっぱりライブとプロレスの両方が見られる内容にしたいですね。