鈴木健.txt/場外乱闘 番外編

スカパー!公認番組ガイド誌『月刊スカパー!』(ぴあ発行)のスポーツ(バトル)では、サムライTVにて解説を務める鈴木健.txt氏が毎月旬なゲスト選手を招き、インタビュー形式で連載中の「鈴木健.txt/場外乱闘」が掲載されています。現在発売中の2016年1月号には、第27回ゲストとして新日本プロレスのKUSHIDA選手が登場。誌面では惜しくも載せられなかった部分を含めて大公開!!

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※鈴木健.txt氏 twitter:@yaroutxt facebook:facebook.com/Kensuzukitxt

KUSHIDA(新日本プロレス)x鈴木健.txt 場外乱闘 番外編

2016年は海外のベルトも狙いたい

IWGPとCMLLのダブルタイトルマッチが
実現できたら夢があるじゃないですか

KUSHIDA(新日本プロレス)

ルチャを学ぶためにメキシコへ
いったらタコス屋をやらされる

―今や年に一度のルチャの祭典として定着した「FANTASTICA MANIA」ですが、KUSHIDAさんはどんな意義を見いだしていますか。

KUSHIDA  外国人選手が一気に来日するシリーズはこれだけじゃないですか。通常のシリーズにはたとえばROHから2人ぐらいが来日しても、それはアウェイ感があると思うんです。でもこのシリーズに関しては、ルチャドールたちがメキシコと変わらぬ感覚でやれると。メキシコにいかなくても、日本でメキシコの雰囲気をそのまま味わえるという点でぜい沢ですよね。

―その中に入ってファイトを繰り広げるわけですが、通常のシリーズと比べて感覚は違うものですか。

KUSHIDA  日本にいながら、海外遠征に来ているみたいなんですよ。リング上だけでなく、ルチャドールが体に塗る独特な匂いのするオイルがあるんですけど、控室でそれを嗅いだ時とか。あと移動バスも普段、日本人選手だけの時はほぼ無言の状態なんですけど、メキシカンは陽気なのでとにかくうるさい。KUSHIDAのモバイルWi-Fiに群がるという。

―パスワード教えちゃうんですか。

KUSHIDA   はい。一挙に10ぐらいアクセスしているんですよ。そういう舞台裏も含めてここはメキシコなんじゃないかって錯覚にとらわれるんです。

―もともとルチャが好きで大学生時代に海を渡ったぐらいですから、楽しく感じるんでしょうね。

KUSHIDA  僕は小学生の頃にビデオでユニバーサルプロレスの浅井義浩vsネグロ・カサス戦を見て、空中殺法に心を惹かれたんです。ブラックマンが好きで…あのマスクのデザインに惹かれたんですかね。体型もかわいらしくて、ルチャの世界って面白いなーって。だから、レスラーになるために海外へいくと決めた時点でアメリカではなくメキシコでした。日本じゃ身長が足りないからなれないんで、自分がプロレスラーになるとしたら海外しかないだろうと。それにライガーさんや浅井さんの経歴を見ていましたからね。

―でも、いく時ってツテはなかったんですよね。

KUSHIDA  なかったです。だけど格闘技(髙田道場)で基礎ができていたんで、やれるっていう自信があったというか、やりたい!っていう気持ちの方が強かったんでしょうね。今思うと、怖いもの知らずだよなあってなりますけど。

―それでも、アテもないのに海を渡るってとんでもないことですよ。あこがれのメキシコで今でも忘れられない強烈なエピソードは?

KUSHIDA  アステカブドーカンという道場兼会場があるんですけど、とにかくまずはそこへいってみようと思ったんです。オリエンタルっていうルチャドールが経営していてコーチもやっているんですけど、いったら10歳ぐらいの子供1人しかいない。それで、オリエンタルにやってみろって言われてマット運動や受け身、全部できたんです。その会場の一角で、オリエンタルがタコス屋を経営していたんですけど、練習のあとに「おまえはできるから子供たちの練習を見てやってくれ」って言われて、その流れのまま「タコス屋見ててね」って言われるという。ルチャの練習をしに来たのに何をやってんだろう…ってなって、それからはアレナメヒコにジムを変えました。そのままアステカブドーカンでの練習を継続していたら、今頃メキシコでタコス屋を経営していたかもしれない。

―そこが運命の分かれ道でしたね。

KUSHIDA  運がよかったんですよ。現地の記者の方に紹介してもらって、アレナメヒコの練習に入れてもらえた。そこで当時、新日本プロレスから派遣されていた棚橋さんと中邑さんがいらっしゃったので挨拶させていただいたんです。

―プロレスラーとしてデビューする前に会っていたと。

KUSHIDA  目の前から歩いてきたんで自己紹介しなきゃいけないと思ったんですけど、肩書きがなくて。「大学生の櫛田です」っていうのもおかしいし。やっぱり、素人は入ってくんな!みたいなのがあるじゃないですか。すごくビビりながら挨拶したのを憶えていますね。

―そして現地でデビューするわけですが、メキシコまでいってプロレスラーになってよかったなって思ったのはどんなことでしたか。

KUSHIDA  試合でおひねりが飛んできた時ですね。札じゃなくて全部コインなんですけど、雪が降っているようでキラキラしているんです。デビューしたてだからギャラなんて2000円ぐらいなんですけど、それよりも多い額を自分の試合を見た人が投げてくれる。働いた、稼いだっていう実感がすごくありました。あの風景は忘れられないです…いやー、当時はCMLLのスペルエストレージャたちと試合をすることなんてなかったですからね。FANTASTICA MANIAはその時の気持ちを思い起こさせてくれますね。

―ルチャにあこがれたKUSHIDAさんのためにあるようなシリーズです。

KUSHIDA  あの頃の僕と同じようなお客さんが集まるわけですから、自分が楽しめればそれは見る側にも伝わると思うんです。選手それぞれ考え方があるとは思いますけど、僕はそういう空気を感じ取って楽しんでもらうためのシリーズだと思うんで、メキシカンの魅力を最大限に引き出したいですよね。

―見る側とやる側の両方を経験しているKUSHIDAさんから見て、ルチャの最大の魅力はどこにあると思いますか。

KUSHIDA  わかりやすいところじゃないですかね。予備知識がなくても華やかなコスチュームやマスクや空中殺法は楽しめるわけで。メキシコはルチャがすごく生活に密接していて、家族連れで見にくる。子供たちは難しいことやそれまでの流れなんて知らないのにキャッキャッ言って喜んでいるんです。あと、自分でやってみてわかったのは非現実感。たとえばズングリムックリな体型をしているルチャドールがいて、一緒に会場入りするとパッとしているようには見えない。でも、いざリングに上がったらものすごい空中技で場外へ飛んでいくんです。しかも日本のように場外マットが敷かれていて整備されているような会場ではないし、お客さんが100人もいないところでも飛んでいく。メキシコは生存競争が激しいんで、見ている人が限られていたとしても俺はルチャに命を懸けているんだっていう姿勢を抑えられない。ファンの頃はルチャの華やかさしか目がいかなかったけど、その裏にはすごい覚悟があるんだって思ったんです。儚いからこそ惹かれるってあるじゃないですか。

―そうした土壌の中でトップを張っているエストレージャたちが大挙してやってくるわけで、華やかさとともにそのような部分が感じ取れるシーンが見られたら、もっと夢中になれるでしょう。

KUSHIDA  彼らにとっても、日本に呼ばれるのはステータスだと思うんですよ。だから毎年、本当にめいっぱいのものを見せてくれる。そういう選手たちと絡むことによって、生存競争に勝ったルチャドールたちのハングリー精神を僕も感じ取るようにしているんです。

フエゴが僕のことを
「リョウマ」と呼ぶ理由

―今回来日するメンバーの中で対戦したい、あるいはタッグを組みたいというルチャドールはいますか。

KUSHIDA  何回か来ているんですけど、フエゴ(スペイン語で火の意)ですね。フエゴは僕のことを「リョウマ」って呼ぶんです。坂本竜馬が好きで、僕が偽名として使っていたのがリョウマだったと。

―偽名?

KUSHIDA  昼間はアレナメヒコで練習して、夜は違う道場にいっていたんですけど、向こうはほかの道場との掛け持ちが許されないというか「そのやり方は別の道場のやり方だろ」ってなるんです。要はウチで教えていることが絶対なんだっていう考えですよね。でも僕は限られた時間の中でいっていたんで昼も夜も練習がしたくて、それでアレナメヒコではクシダ、ほかではリョウマって名乗っていたんです。そのリョウマを名乗っている時に、すごい動きをする若い選手がいて、それがフエゴ。向こうでも僕がデビューしたあとにタッグを組んで。数年後、新日本で再会した時に「リョウマ」って呼ぶんで、あの時の動きのいいやつか!って気づいたという。

―いいですね、お互いに無名だった頃を知っている仲間がいるっていうのは。アトランティスやミスティコ、ボラドールJrのような上位陣に関してはどうでしょう。

KUSHIDA  あのう、ここ数年で海外からオファーをいただくことが多くなったんですけど、海外遠征においてベルトを獲ったことがまだないんですね。なので、2016年の目標として海外のベルトを獲るというのが僕の中にあるんで、タイトルホルダーとベルトを懸けてやれたらいいなって思います。それこそドームでIWGPジュニアヘビー級を奪回して、ダブルタイトルマッチを実現できたら夢があるじゃないですか。

―自身の原点であるメキシコのタイトルだからこそ、CMLLのベルトに対する思い入れは深いでしょう。

KUSHIDA  あの頃の僕は駆け出しだったからタイトルに挑戦するなんて夢のまた夢でしたけど、今なら新日ジュニアを代表してやれると思うし、それが新日本のジュニアの活性化につながると思います。当時、ドクトル・ワグナーJrがメインに出場した時、控室にベルトが置いてあったんですよ。「うわっ、これがプロレスのチャンピオンベルトかあ、すげーっ!」って…さわれなかったですよね。

―以前、棚橋さんとライガーさんがCMLL世界タッグ王者になった時、あれほど数々のベルトを巻いてきた2人が子供のように喜んでいて、海外のベルトっていうのはこういうものなんだって思ったんです。

KUSHIDA  メキシカン以外がCMLLのベルトを獲るというのは相当難しいですからね。そもそも会社やファンに認められないとタイトルマッチを組んでもらえない。だから、挑戦するだけでも快挙なんですよ。

―その夢を実現させる上でも1・4東京ドームのIWGPジュニアヘビー級戦は重要です。

KUSHIDA  ドームのラインナップを見ても棚橋、中邑、オカダ、AJスタイルズがトップを占めている中、ジュニアの存在感を出し切れていないと感じます。新日本プロレスの核となるためには誰か一人が飛び抜けないと、話題も提供できないと思いつつ2015年はやってきたんですけど、力及ばずでした。

―6月に「ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア」で初優勝を果たし、7月にはIWGPジュニアヘビー級王座も奪取しながら9月にケニー・オメガへ明け渡してしまいました。

KUSHIDA  つまずいてしまった分、ジュニア全体も足踏み状態が続いているのは僕の責任だと思っています。でも、2015年を叩き台にしてジュニアの新しい時代を作ります。

―東京ドームでのシングル挑戦は初めてですよね。

KUSHIDA  そうです。IWGPジュニアのタッグの方はありましたけど、ドームでシングルマッチをやること自体初めてです。

―今まではアレックス・シェリーと歩いたセンター花道を一人で歩くことになります。

KUSHIDA  それってすごいことだと思いますよ。よく本間さんと話すんですけど、ドームに限らず大会場が超満員になると「これってとてもぜい沢な空間だよね。でも、それを味わないまま引退していくレスラーの方が多い。だから俺たちはしあわせだよね」って噛み締めるんです。それでも、僕が見ていた頃の東京ドームと比べたら動員数もまだ伸ばせるわけで、新日ジュニアという柱が加わればそこに近づいていけるはず。だからこそ、ドームとFANTASTICA MANIAで波に乗らなければなって思っています。