2009.7.13.mon
第39回 絆だから。 WWEスマックダウン&ECWツアーをあべちゃんと共に観戦し、ジェフ・ハーディのカッコ良さにほれぼれした三田ですこんにちは。ジェフってば、少し年齢を重ねてあの退廃的な美しさに磨きがかかってなお良いです。その後呑みに行って朝まで飲んだくれてしまい帰宅後猫に話しかけながら寝てしまった私ですが、その頃あべちゃんは電車で爆睡していた模様(詳しくはこちら) 。ぎゃーあべちゃんごめんね! アイドルなんだから気をつけて! 

さてそんな久々のWWE観戦では今更ながら気になることがいくつかあり、例えば日本では当たり前の「セコンド」っていうのがいない。というのは、8日メインのCMパンクvsジェフの試合で机やらスチールバケツやらが持ち込まれたのですが、例えば大日本のデスマッチだったら使い終わったアイテムはセコンドやレフェリーがどんどん片付けるじゃないですか。そういうのが一切ないので、壊れた机の残骸とか、凹んだバケツなんかがずっとリングに置きっぱなし。「あれ邪魔じゃないのかなあ、危なくないのかなあ」とずっとあべちゃんに言い続けていました。あと、例えば大日本だったらラダーや机なんかが出てきたらセコンドが必死でその脚を押さえるところが、誰もいないもんだから机とかぐらぐらして危なっかしくて。まあ、それが当たり前なのかもしれませんが、私自身プロレスの試合を間近で見るときの楽しみの1つとして「セコンドの動きを見る」というのがあるので、セコンドがいないということが妙に気になってしまいました。

いずれ「セコンド」について書こうと思います。こんなセコンドワークが素晴らしかったとか、こんなセコンドは嫌だとか、また皆さん思いついたら気が向いた時で構いませんのでこちらまでお便りお待ちしています。

例:こんなセコンドは嫌だ
格闘技戦のインターバルの時に焼きそばを無理矢理食べさせようとするセコンド。

さてそんなまた人任せ企画に寄りかかろうとしていると思われないように本題に移りますが、今週は「仲間っていいなあ」というおはなし。
12日に横浜文体で行われた大日本プロレスのメインで、宮本裕向vs竹田誠志というとても若い選手同士のタイトルマッチが行われました。ご存知の通り2年半前に行われた佐々木貴選手との伝説の建設現場デスマッチでプロレス界に名を知られることとなった宮本選手。彗星の如く、というに相応しい、劇的な登場の仕方であっという間にチャンピオンに登り詰めた宮本選手ですが、それを凌駕する早さと勢いで現れたのが、STYLE-E所属の竹田誠志選手です。まだデビュー2年半ですよ?!

学生時代からアマレスをやりつつ、根っからのデスマッチファンとして学校終わりには大日本の会場やらイベントやらに通い詰めていたという竹田選手。学園祭では自作のデスマッチアイテムを学校の教室に展示したっていうんですから相当変わってます。先日、Sアリーナ宛てにこんなメールが届きました。

「5,6年前に行われた大日本プロレスのイベントで、目つきの悪い高校生が『俺アマレスやっているんですけどデスマッチファイターになりたいんですよ!』と熱烈にアピールして山川選手にいじられていましたが、もしかしてあれは竹田選手だったんでしょうか?」

その日ゲストの竹田選手に伺ってみたところ、恥ずかしそうに「あ、それ俺です…」というお答えが! 素晴らしい! それを覚えていて下さったファンの方も素晴らしいし、本当にその熱い想いを実現した竹田選手も何と素晴らしいことでしょう。

しっかりしたアマレスの土台からくる基礎体力に、溢れるまでのデスマッチ愛。イサミ選手とタッグリーグを優勝し、運も実力もファンの後押しも全てを見方につけて、この日を迎えました。

対するチャンプは、ベルトを獲った時の勢いがやや薄れ、しかもタッグとはいえ2回も直接フォールを竹田選手に奪われており、このところ心なしかちょっと元気がないようにも見えました。が! 今日は力強い仲間が、故郷から12時間、車を飛ばしてやってきてくれました。前回の後楽園でも足場を組んでくれた、広島は大治組のお仲間です。サンフレッチェと広島カープのユニフォームを羽織ったおふたりは、見事な手際でどんどん足場を文体に組んでいきます。職人さんの美しい手さばきは、それだけで立派な1つのアトラクションです。5メートル近い足場を組み、仕上げには「積載荷重250キロ以下」とか「工事用車両出入り口」なんていう看板も付けて、たったの10分! 組み終わってリング上で一礼し、潔く去っていくお二人に、大日ファンから大きな拍手が送られました。

そして挑戦者の竹田選手にも、たくさんの仲間がいました。足場が組み上がり、メインのリングに挑戦者として入場する竹田選手の後ろには、田村和宏選手や弥武さんたち、西調布からやってきたSTYLE-Eのメンバーが勢揃いしていました。コーナーに上がって高々とSTYLE-Eの旗を掲げる竹田選手。STYLE-Eのメンバーにとって竹田選手はどれだけ誇らしい存在だろうと思うし、また竹田選手も仲間が一緒にいてくれて、どれだけ心強かったろうと思います。
666所属の宮本選手にしろ、STYLE-E所属の竹田選手にしろ、インディーの中でもいわゆるどインディーといってもいい存在で、専門誌や新聞にその試合が掲載されることはまずありません。でも、彼らが大日本プロレスのリングで地道に第1試合から積み重ねていった内容が評価されて、今日の大舞台のメインイベントに道が繋がっていったのです。所属であろうがなかろうが、大日本のリングに上がっている以上はみんな仲間だ。大日本の登坂部長はよくそうおっしゃいますが、そんな大日本のスタンスも素晴らしいと思うし、その大舞台に立つ仲間をバックアップしたいと思う、666やSTYLE-Eの仲間達も、素晴らしいなと思うのです。

はたして試合は壮絶な展開となりました。これまでの心細さはどこへやら、宮本選手は立派なデスマッチチャンピオンでした。そして、中学生の頃から憧れ続けたデスマッチ王者に挑む竹田選手は、本当に死に物狂いで、このベルトを掴みにきていました。決して大きいとはいえない身体ごと、蛍光灯束を抱えて突っ込んでいくスピア。血に染まる若者2人の姿は、切なく美しかったです。そしてフィニッシュの、5メートルの足場から宮本選手が舞い降りたムーンサルトの軌道もまた、攻殻機動隊の草薙素子か中国の美人飛び込み選手・郭晶晶かというほどの美しさでした。そうそう、足場を組み立てた大治組の皆さんですが、体育館の隅でいわゆるヤンキー座り(!)で試合をご覧になっていたのですが、いてもたってもいられなくなったのかほどなく立ち上がって応援し、最後宮本選手が3カウント獲った時には手を上げて喜んでいらしたのが何かすごくジーンときました。

試合後、奇しくも今日は誰もが仲間への感謝の言葉を述べていました。

「対戦相手の竹田もそうですが、広島から12時間かけて車で来てくれた大治組の鳶職人の2人! 彼らがいなかったら今日の試合は出来ませんでした。本当にありがとうございました」

とリング上で大治組の仲間に語りかけた宮本選手。

「自分の中でSTYLE-Eっていうのは家族であり仲間であり、本当にかけがえのない人たちなので。僕がこうやってプロレスやってるのもあの人達がいなければやってないし、ホントに今日、セコンド付いてくれて、この旗握りしめて、心強かったです。最高の仲間たちです」

と血だらけのままSTYLE-E愛を語った竹田選手。

「竹田選手のセコンド陣、宮本のセコンドを含めた大治組のみんな、それぞれのコミュニティーの中での絆、それがぶつかりあったということに、感動と感激をしています」

と総括した登坂本部長。

今更そんなことを言うのは恥ずかしいけれど、仲間がいて、絆があって、誰かのために闘ったり、誰かのために声を枯らして応援したり、誰かのために泣いたり笑ったりできるのって、素晴らしいじゃないか。しかも、それをプロレスで再確認できるなんて、本当に素晴らしいじゃないか。最近すっかり涙腺がもろくなって本当に困るのですが、血だらけの若者たち2人にそんなシンプルなことを教えてもらった、今日のデスマッチでした。

Profile

三田佐代子
三田佐代子 Sayoko mita
  • 生年月日:1969年8月5日生まれ
  • 血液型:A型
  • 出身地:神奈川県小田原市

慶応大学卒業後、1992(平成4)年テレビ静岡にアナウンサーとして入社。 報道・スポーツ・バラエティなどあらゆる分野で活躍し、テレビ静岡の看板アナウンサーとなる。 より一層の飛躍を目指し、1996(平成8)年3月、同局を退社しフリーとなり古舘プロジェクトに所属する。 その後はプロレス専門チャンネル初代キャスターに抜擢。 現在、年間100試合以上の取材観戦でレスラー顔負けのアグレッシブさを見せている。 その他レポーターやMC、執筆活動など幅広く活躍中。 サヨコアリーナPLUSは、業界でもファンが急増中。