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最近のコラム
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第38回 「カ、カテェ」変格活用、そして三沢さんに花束を。
よい子の皆さん、「カ、カテェ…」変格活用に本当にたくさんのご応募ありがとうございました。ア、アリガテェ…。こんな人任せの企画でしかも無駄にハードルが高かったにもかかわらず、皆さんのプロレス頭の良さを改めて感じる、素敵な作品が集まりました。ではそんな中から、わたくしが独断と偏見で厳選した作品をいくつかご紹介いたしましょう!
まずはペンネーム高校生さんから。
1)ス、スゲェ…。
2)三田さんの「脱いだら凄いのよ」→一連の流れからの相手の極めつけの一言
いの一番に投稿してきて下さった方です。「一連の流れ」というのが何なのかわからなくて不安ですが、まあスゲエって言っても何がスゲエのかいろいろありますからね。アバラが数えられるとか、全身が装甲に覆われているとか。「新劇場版・破」凄かったねえ。
続いてペンネームてんぐまんさん。天狗? 高尾山?
1)(これまでのことなかったことに)シ、シテェ・・・ もしくは(こんな状態見ちゃって)キ、キエテェ・・・
2)応援していた団体の大会に行ったら、これはねえだろう、な展開に。ついでにこんなときに限って、プロレスノンケの友人や兄弟連れて来てしまったときの何とも言えない気分を表すお言葉。
いやーこれわかるわー。私も親兄弟や女友達をプロレス観戦に連れて行ったことが何度かありますが、ホントそういう時に限って「ええ…?」な結末になったりすることがあるんですよね。「いや、普段はこんな筈ではないんだけどね」とか終わった後の反省会で何故か私が弁明している気まずさときたら。
最後にペンネームspring-nさん。
1)カ、カクテェ…
2)急行に乗ろうと急いで電車に乗り込んだら、一本前の各駅停車の電車に乗ってしまったとき。
これもあるある。逆もあるある。新宿三丁目で降りたいのに慌てて都営新宿線の急行に乗っちゃった時とか。
…ということで、皆さん本当にありがとうございました。そして皆さんからのメッセージも大変嬉しく読ませて頂きました。今後もこういった人任せ企画をまた思いついたら、お力をお借りしたく存じます。その際にはまたどうぞよろしくお願いいたします! ステイチューン! (何となく言ってみたかった)
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4日はディファで行われた三沢選手の献花式へ。近所の花屋さんで花束を作って頂いたのですが、あんまり地味過ぎるのも三沢さんらしくないし、ひまわりが入っても明るくていいかなと思い、こんな感じに。緑色の薄紙で巻いてもらいました。私が到着した12時過ぎの段階で既に行列はディファ有明を飛び出して有明テニスの森駅のあたりまで伸びていて、梅雨の合間のちょっと暑いくらいの晴れ間の中、思い思いの花を持ったファンの皆さんが静かに並んでいます。
そんな皆さんには大変申し訳ないのですが、一足先に会場の中へ。関係者が参列したお別れの会にも行列が出来ていて、比較的早めに入場した私は着席して、ずっと壇上に掲げられた三沢さんの写真を眺めていました。
壇上にはこれまた大変な数の白、青、薄黄の花が飾られており、そういえばゆりかもめの車内にも花束を持ったファンの皆さんがたくさんいたことを思い出し、今日は日本中の、いや世界中の白い花が全部ここに集まるんじゃないだろうか、そんな気がしました。
エンドレスでかかっている様々なバージョンのスパルタンXを聴きながら、いまだに自分が何でここにいるのか実感がなく、花で飾られた三沢選手のGHCのベルト姿の写真を見ても、これは三沢選手の何かのお祝いでみんな集まっているんじゃないだろうか、時間が来たら大・三沢コールの中三沢さんが登場するんじゃないだろうか、そんなふうにしか思えない。
弔辞があり、10カウントゴングがあり、最後の選手コールがあり、献花が始まり、自分の番がやってきて花を手向け、ベルト姿の三沢さんに祈り、参列者ひとりひとりに頭を下げているNOAHの選手の皆さんの前を通り、会場の外へ出ると、全国から集まったであろうファンの皆さんからのお供え物が。
お酒。フィギュア。マスク。寄せ書き。一緒に撮ってもらったであろう写真。手紙。お菓子。イラスト。おもちゃ。そういった物々を見ていたら初めて泣けました。三沢さんに渡したくて、一生懸命選んだであろうそういった品々が、暖かくて暖かくて生きているかのように思えました。
「ぶっちゃけさあ、こんなにたくさんもらってもそんなに急に呑めないし!みたいなさあ」
間違いなく三沢さんだったらそういうだろう。そんな声が聞こえてくるよな気がしました。
もう泣かないようにしよう。今日、このディファを出たら、もう涙はおしまいにしよう。そう心に決めて、ディファ有明を出て、これから献花をするファンの皆さんの横を通りディファの門まで来たら、仲田龍さんから「今日は本当にありがとうございました」といってこの記念のカードを頂きました。
そんな場所に仲田さんがいることに本当に驚いてしまい、三沢さんと一番近かったであろう、今回のことを心底悔しく、悲しく思っているはずの龍さんが、会場の外で最後に参列者に挨拶をする場所にいる。確かに、セレモニーの最後の選手コールの声が龍さんじゃなかったなとは思っていたのですが、何故ここに龍さんがいらっしゃるのか、最後にファンの方にお礼を言うためなのか、何なのかはわかりませんが、とにかくそこに龍さんがいらしたことにまた泣けました。
正直、龍さんは厳しい方で、私のような新参モノがご挨拶させて頂けるには時間もかかったし、またNOAHに関して軽率なことを言うと怒られちゃうんじゃないか、そう勝手に思いこんでいたこともあり、私などからしたらこれまで、おいそれと話しかけたりは出来ない雰囲気がありました(まあ勝手な思いこみなのですが)。
でも今回、冷房も効かない屋外で、最後にひとりひとりに挨拶をする場所に龍さんがいらしたという事実に、仲田さんがこれまでやっていらしたことの意味だったり、ポリシーのようなものが、ようやく私にもわかったような気がしました。
結局、あれから3週間経っても三沢光晴がこの世にいないという実感がない。献花式に出たら、10カウントゴングを聞いたら納得出来るかと思ったけれどそうでもない。ということは、これから私たちは、「実感はないけれど、でもそこにいるはずの人がいない」という事実と闘っていかなくてはいけない。
スパルタンXに乗せて三沢コールがしたくなったら、あのコーナーにもたれかかったところから鬼のように反撃するエルボーが見たくなったら、プロレスに自信が持てなくなったり自分が愛するものに不安になったりしたら、あの下ネタが聞きたくなったら、ぶっちゃけたくなったら、空き室に困ったら、これから私たちは誰に頼ったらいいんだろう? (空き室に困ったらザ・リーヴに行けばいいと思います)
5日の選手会興行も、森嶋選手会長を始め、NOAHの選手の皆さんの思いがたくさん詰まった素晴らしい興行でした。潮﨑vsKENTAの一戦とか、太田一平選手が歌う「怒りの獣神」とか、三沢社長にどれほど見て頂きたかったかと思います。
お別れの式で、司会の日本テレビ平川アナがおっしゃった、「三沢光晴は最後までプロレスラーとして、リングシューズも、リングコスチュームも脱がず、旅立ちました」という言葉が胸に残っています。三沢光晴という希代のプロレスラーは、闘いを降りずして天に召されました。さあ、今度は私たちが、三沢さんがいない現実や、逆境に立たされるかもしれないプロレス界のために闘う番です。
みんなで一緒に頑張っていきましょう。何時間も並んで三沢さんに花を手向けた、全国から集まった2万6千人ものファンの皆さんの力。本当に、皆さんを心から尊敬します。お疲れ様でした。そしてディファには行けなくとも、それそれの地で三沢さんのために祈ったであろう数え切れないファンの皆さんの力。皆さんがいれば、プロレスはきっと大丈夫です。
「ぶっちゃけ、俺がいなくても大丈夫じゃん?」
そう言ってもらえるように、ファン、レスラー、関係者、みんなそれそれの立場で、出来ることを、やっていけばいいんだと思うのです。
「時間は取り戻せない。私は後悔したくない。」
と、ポストカードで横顔の三沢さんも、おっしゃっていますから。
Profile
- 生年月日:1969年8月5日生まれ
- 血液型:A型
- 出身地:神奈川県小田原市
慶応大学卒業後、1992(平成4)年テレビ静岡にアナウンサーとして入社。 報道・スポーツ・バラエティなどあらゆる分野で活躍し、テレビ静岡の看板アナウンサーとなる。 より一層の飛躍を目指し、1996(平成8)年3月、同局を退社しフリーとなり古舘プロジェクトに所属する。 その後はプロレス専門チャンネル初代キャスターに抜擢。 現在、年間100試合以上の取材観戦でレスラー顔負けのアグレッシブさを見せている。 その他レポーターやMC、執筆活動など幅広く活躍中。 サヨコアリーナPLUSは、業界でもファンが急増中。