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最近のコラム
- 2010.2.8
第71回 かけがえのないブードゥー・マーダーズ(とtwitter) - 2010.2.1
第70回 プロレスラーが試される時 - 2010.1.25
第69回 そしてジャイアントは本物のジャイアントになった。 - 2010.1.18
第68回 永田さん銅像メイキング画像、そして内館牧子さんに聞く相撲のこころ。 - 2010.1.11
第67回 フレッシュさんいらっしゃい - 2010.1.4
第66回 2010年年末年始のおもいで。 - 2009.12.28
第65回 わたくしが選ぶ2009年プロレス5大ニュース。 - 2009.12.21
第64回 エコなコラム、略してエコラム。 - 2009.12.16
第63回 東スポプロレス大賞授賞パーティ写真リポート!(画像超多め) - 2009.12.14
第62回 小鹿さんが葛西選手に言ったひと言。
- 2010.2.8.mon
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第71回 かけがえのないブードゥー・マーダーズ(とtwitter)
2月3日のことです。夜更けでもないのに雨が雪に変わった新宿コマ劇場前で、わたしは呆然としていました。
345m:何というミステイク…。新北京プロレスが新宿フェイスだと完全に勘違いしていて雨の新宿で呆然としているなう。めげずに新木場向かうぞ!
そうです。年に一度、春節の時期に来日公演を行う新北京プロレスの大会の会場をすっかり間違えており、新木場1stリングに行かなければならないところを新宿フェイスに来てしまったのです。折れそうな心をtwitterにつぶやくことで何とか立て直し、そこから新木場への旅がスタート。名も知らぬtwitterの向こうにいる皆様方から
「それってインディープヲタあるあるですよ!」
「風邪引かないように頑張って!」
と勇気づけられながら新宿駅までたどり着いたところ、
345m:ていうか初めてりんかい線に乗るけど同じホームから実家方面(神奈川西部)に電車が出てたりしてさっぱりわからない新宿駅1番ホーム そもそも新宿新木場直通って何事
初めて乗るりんかい線におびえながら心は急げ新木場。しかしそもそもりんかい線がJRなのか私鉄なのか地下鉄なのか地上鉄(そんな言葉はございません)なのかもわからず、次第に不安に。
345m:地下の大井町駅とか全然知らないとこ走ってて不安なんですけど。品川シーサイドって何それ。これ本当に新木場連れて行ってくれるの?まさかのミステリートレイン…
するとまた皆さんが
「大丈夫、至って順調です!」
「大崎からはすぐですよ、新木場が終点ですから安心して下さい」
と勇気づけて下さるのです。皆さん何と心強い。そしてなぜそんなにりんかい線に詳しい?
そうこうしているうちに何とか電車は新木場に到着し、「新木場駅から1stリングまではタクシーで行って下さい!」という宇宙戦争ばりのアドバイスもあったのですがそれは丁重に辞退してダッシュで会場に駆け込んだところ、最初に目に入ったのはまるで見たこともない三蔵法師様でした。(高木大社長のブログのこの画像参照のこと)
また大社長や鈴木健さん、村田さんからは笑顔で「大変でしたね!新宿行っちゃったんですって?」と話しかけられ、ま当然ちゃ当然ですが私の間抜けっぷりはtwitterで筒抜けだったっていうお話です。
金角・銀角兄弟にはぎりぎり間に合いませんでしたが、試合後の銀角さんを捕まえて無理矢理お写真撮らせて頂きましたのでどうぞ。
でもやっぱり新北京プロレスは大変面白く、また珍しいレスラーの方々にもお目にかかれ、何故か曹魔刀選手に「切り干し大根、正解ですよね!」と話しかけられたのはよく意味がわかりませんでしたが楽しかったです。
さてその帰り道にふと思い出してSアリーナにメールを送りました。
みたさよこ(本物) TARUさん!さっきのVTRはディレクターにああ言えって言われたから言っただけです!遠くからブードゥー・マーダーズのことは応援しています。これから先もブードゥーがあれば、の話ですが。
そう、その日のSアリーナのゲストMCは、F4との解散マッチを前にしたブードゥー・マーダーズ、TARU選手、稔選手、歳三選手のお三方でした。
事前に撮影したVTRで「本当はF4応援しています」というコメントを出していたのでここはブードゥーにおもねっておこうかな、というつもりだったのですが、「何だあのAカップ!今度会ったらつまんでやるぞ!」と凄まれて逆効果でした…。
ブードゥー・マーダーズ。全日本プロレスに誕生してもう5年を数える極悪ヒールユニットです。過去にはジャイアント・バーナード、"brother"YASSHI、近藤修司、諏訪魔、小島聡といったメンバーを有し、解散マッチにも勝ってメンバーを入れ替えつつも存続している軍団。「バスに乗れるメンバーは限られているんだよ」と武藤社長自ら厳しい生存競争を促す全日本プロレスにおいて、憎まれつつもその欠かせない存在であることは間違いありません。
方やF4。小島聡選手率いるベビーフェイスユニットで、女性人気も高く、将来性のある若手を揃えています。普通に考えたら、F4を後押しする空気が圧倒的なはず。
ところがそうは簡単にいかないのが、プロレス界の面白いところです。
7日後楽園のメインイベントで組まれた、ブードゥーvsF4のキャプテンフォールイリミネーションマッチ。いつも通り悪そうに入場してきたブードゥーでしたが、いつも通りじゃなかったのは、キャプテンのTARU選手が、まるで死に装束を思わせる真っ白のコスチュームだったことです。そしてもう1ついつも通りじゃなかったのは、お客さんにTARU水をぶちまけるのじゃなくて、最前列のお客さんにTARU水を渡し、自分の頭の上にじゃばじゃばとかけさせたこと。身を清めているかのように見え、並々ならぬこの試合への覚悟が感じられて思わず胸が熱くなりました。
水曜Sアリーナの中でもブードゥーのメンバーが繰り返し言っていたことなのですが、ああ見えて(失礼)ものすごく絆が強く、そして男らしい男たちの集まりであるのが、実はブードゥーだということなのです。ヒールでありながら歴史も絆もあって、そしてそれは彼らにとって大事な仲間達であり、居場所でもあります。彼らはこの大事な仲間達と、代紋(!)を守るために、今日何が何でも勝たなくてはならない。そして歳三選手が最後に言っていた言葉。
「俺らブードゥーのファンに、どういう結果であろうと最後は胸張って帰らせたいんです」
さしたる乱入も凶器攻撃も反則も実はほとんどなく、8人のレスラーが真っ向勝負で闘い、最後は小島vsTARUのキャプテン対決。現三冠王者である小島選手に、1人のプロレスラーとしてTARU選手は向かい、ラリアットもコジコジカッターも全部受け、最後はTARUドリラーで文句なしの3カウントを奪いました。
その瞬間、後楽園は大きな驚きと共に、歓声に包まれたのです。もちろんF4の勝利を信じていたファンにとってはショッキングな出来事でしたが、それ以上にブードゥーの、そしてTARU選手の勝利を素直に賞賛する声、拍手が爆発しました。
うなだれてリングを降りるF4のメンバーとは対照的に、高らかにマイクを持つTARU選手。
「やかましいわい!たかがキャプテンフォールマッチで勝ったくらいでそんなに騒がなくてもええんちゃうかい?
前にも言うたな。ブードゥーはあえて嫌われ役やってやっとるねん。誰が好きこのんで帰り道に石投げられたり、イタズラ電話かかってきたり、名前も知らんヤツからアホボケ死ねとか言われなあかんねん。そういうツラーいことも全部引っくるめて、ワシらブードゥーマーダーズっちゅうもんや。
お前らもそうやろ。学校や会社、不満がいっぱいたまってる。そういう不満を俺らにぶつけたいから来てるんやろ。ワシらは寛大やから、お前らのそういうブーイング、全部受けとめてやるよ」
格好いい! 格好いいよTARUさん! TARU選手の思うヒール道、そしてなぜブードゥーがここまで生き抜いてこられたのか、その答えが少しわかったような気がします。
TARU選手も言っていましたが、ブードゥーを通り過ぎた選手たちはみな、トップレスラーとして今もリングに立っています。諏訪魔しかり、いずれWWEのリングに上がるであろうジョー・ドーリングしかり。そして全日本プロレスで行き場をなくしていたヘイト選手や歳三選手を、見事に再生させたのもブードゥーです。
例えF4が解散しても小島選手が三冠王者であることは揺るがないし、KAIや大和選手が全日本の未来を背負う存在であることも変わらない。でも、TARU選手はじめブードゥーに属するレスラーはほとんどが全日本所属ではないフリーのレスラーで、ブードゥー・マーダーズがなくなることはそのまま、全日本プロレスでの居場所がなくなることにつながりかねないのです。その覚悟の差がおそらく、今日の結果に繋がったんだろうと思うのです。
朝青龍が引退し、亀田兄弟もすっかり優しくなり、世の中全般的に悪役が生きづらい時代になりました。そんな中でお客さんに憎まれるヒールを演じ続けているブードゥー。みんなの、日々の不満を全部吸収してそれを受け止める寛大さを持つブードゥー。彼らもまたプロフェッショナルであり、その意識の高さがある限り、武藤選手言うところの「バスに乗り続ける」存在であり続けるはずです。 - 2010.2.1.mon
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第70回 プロレスラーが試される時
何だろう昨夜酷い試合を見たような寝覚めなのは気のせい? あ、いやもちろんプロレスではなくてサッカーの。ルーニーが点獲ると猫耳の更新が遅れる、これ風が吹けば桶屋が儲かるほどの遠さもございません。
と繰り言を言ってても仕方ないのですが、まずは更新遅れてごめんなさい。昨日は新日本プロレスのディファ有明大会に飯伏・ケニーのゴールデンラバーズが初参戦したので、そのことを書こうと前々から思っていました。
対戦相手は百戦錬磨の邪道外道、ドーム後で社長も選手もいない新日本事務所に突撃した飯伏幸太、など面白話題満載のはずのこの試合だったのですが、試合中盤に飯伏・ケニーが放ったクロスラッシュ(対角線ケブラーダ)で邪道選手が頭を強く打ち、レフェリーストップとなりました。
週プロ記者と「これ何ていう技でしたっけ?」「クロスファイヤーだっけな?いや違ったかも。それにしても新日本はフェンスがあるからやり辛いだろうなあ」と言いながら見ていたのですが、なかなか立ち上がってこない邪道・外道。三澤トレーナーが走ってきたりして、次第にものものしい雰囲気に包まれるリングサイド。やがてゴングが打ち鳴らされ、レフェリーストップで試合終了となりました。
セコンドについていた中澤マイケル選手によれば、「僕は最初からフェンスは押さえていたのでそれに当たったわけではなく、おそらく邪道さん外道さん同士が頭をぶつけたように見えた」とのことでしたが、外道選手がほどなくして立ち上がったのに対し、邪道選手は頸椎を痛めたらしく、そのままマットを担架代わりに運ばれていきました。
そしてどのような経緯であれ、勝利、という結果を手にした飯伏・ケニー組。相当の動揺があったことは間違いないのですが、リングに上がり、2人ばらばらに四方に礼をして花道を下がっていきました。
飯伏:どうもすみませんでした。完全にその、JCUPのリベンジをするはずだったんですけど、僕はちゃんとした形でリベンジしたいです。今日は本当にアクシデントで、お客さんに申し訳ない。何も言葉がないです。申し訳ないです。
ケニー:今日は僕個人ということだけじゃなく、ゴールデンラバーズとして新日本マットにデビューする日だったのに、こんな形での勝利になってしまって悔しい。悲しい日です。
飯伏:もう一回必ず、リベンジしたいです。ありがとうございました。
飯伏・ケニーのバックステージでのコメントです。2人とも動揺はあったと思いますが、きちんとコメントしていました。
こういう時に思うのが、プロレスラーの気持ちの強さです。
去年、パッションレッド板橋大会で行われた高橋奈苗vsさくらえみの試合中に奈苗選手が脳しんとうをおこし、レフェリーストップになった試合後のさくら選手のマイク。
さくら:何があろうとこのリングを先に降りたのは高橋奈苗であり、最後リングに立っているのはさくらえみです。
三沢選手のあのアクシデントの後、騒然とする会場で選手会長の森嶋選手がリングに上がり、語った言葉。
森嶋:三沢社長の状態はわかりません。選手一同無事を祈っています。本日はご来場ありがとうございました。
試合中にお客さんの目の前でアクシデントが起こった時、その場にいたレスラーがどうふるまうべきなのか。こんなこと私がたやすく書けることではないけれど、少なくとも、お客さんを安心させて帰さないといけない。誰よりもそれを間近で見ていた選手にそれを求めるのは酷だとは思うのですが、さくら選手にしても森嶋選手にしても、いま自分が何をしなくてはならないのか、何を言わなくてはいけないのかをあの場で判断し、それをしている。そこに、私はプロレスラーの胆力を見るのです。
飯伏・ケニーにしても、昨日はメインイベントでもないしそもそも人様のリングなのであの場でマイクを握ることはできなかったと思うのですが、バックステージであれきちんとコメントを残している。ノーコメントでもおかしくない状況だったとは思いますが、次に繋がるコメントを出したことはさすがだと思ったのでした。
新日本関係者に伺ったところ、邪道選手は意識もあるし、喋ることも出来るそうですが、様子を見るために病院に搬送されたそうです。検査の結果が出たらまた報告があるそうですが、大事に至らなければと思っています。
松井レフェリーのブログや中澤マイケル選手のtwitterを見る限り、飯伏ケニーの2人も元気を取り戻したそうなので安心しましたが、後は残された時間(ケニー来日中)の中で再戦の機会があるかどうか。
試合後少し経って、相変わらずセコンドで凄い存在感を示していた中澤マイケルCEO(フリー)に当日の2人の様子を聞いてみました。
ー今日の2人の様子はいかがでしたか?
マイケル:さすがにケニーはちょっとナイーブになっていて、今日は自分の曲で入場したいって言ってたんですよ。
ーそれは何故?
マイケル:慣れない雰囲気なので自分の曲で入場したらテンション上がるって言ってたんですが、新日本さんの方でもう飯伏のテーマ曲と入場VTRも作ってくれたみたいなので、変更がきかなくて。本人も納得してましたけど。
ーそうだったんですね。試合は残念でしたが。
マイケル:そうですね。さすがに落ち込んでますけど、まああの2人のことなので大丈夫だと思います。
ー話変わりますけど、飯伏選手とマイケルさんと澤さんでアメリカの団体に行ってる間、ケニーは1人で日本に残されて大丈夫だったんですか?
マイケル:大丈夫だったみたいですよ。あいつも最近日本の生活に慣れてきたみたいで、1人で電車乗っていろんなとこ行ってるみたいです。
ーそれは良かった。
マイケル:サムライさんでもケニーの休日っていう企画を今度作ってくれるみたいで、明日はミッドブレスで一緒にトレーニングするんですよ。
ー楽しみにしています!
ということで、サムライTVで近々ゴールデンラバーズのオフの模様が流れるそうですので期待していて下さい。というか私自身が相当期待しています! - 2010.1.25.mon
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第69回 そしてジャイアントは本物のジャイアントになった。
みなさまこんにちは。先週、S1の綺麗どころの皆さんがゲストMCにいらっしゃる時、担当ディレクターから「ミタさんも比較対象としてその日並んで出演しませんか?」と言われ丁重にお断りした三田佐代子です。アタシはハイライトか!
24日、ユニオン新木場大会でKO-D無差別級選手権試合、石川修司vs佐々木義人戦を見ました。こんなこと言うの失礼ですが、石川選手は本当にいいレスラーになったなあとしみじみ思う一戦でした。
最近、番組でも石川選手とご一緒する機会が多く、そのたびにその大きさと優しさに心温まる思い。「気は優しくて力持ち」って、本当にいるんだなあ!と実感しておる次第です。
もうよく知られた話ですが、高校時代の柔道部の先輩である佐々木貴選手を追ってプロレス入りし、その体の大きさと気持ちの優しさでスタイルに悩み続けたデビュー当時。
それが、ユニオンに移籍し、団体愛とプロレスラーとしての欲が芽生え、高木三四郎選手によれば人知れず格闘技の道場やキックの道場に通ってスタイルの幅を広げ、さらにはバチバチや大日本プロレスにデスマッチなど他流試合をどんどん行ったことでプロレスラー石川修司のスタイルが確立されていきました。
そして昨年、あの天才飯伏幸太に勝ってKO-D無差別級王座を奪取。年末にはHARASHIMA選手を破って防衛、さらには大晦日の三部の計で関本大介選手からも3カウント奪取と、その勢いはとどまるところを知りません。
そして毎回その勝利の後、非常に印象的な言葉を毎回石川選手は残しています。
「飯伏ありがとう! お前やっぱり天才だよ。お前がいたから俺は強くなりたいと思ったんだ」(09.11.29飯伏戦後)
「HARASHIMAさんに勝ててもう最高! HARASHIMAさんがいるから、このベルトは価値があると思うんです」(09.12.27HARASHIMA戦後)
こういった言葉の端々から、彼の「強さ」へのこだわりが見えます。あんなキャラクター揃いのDDTにおいて、飯伏選手のような華やかさがあるわけではなく、かといって男色ディーノのような際だった個性があるわけでもない彼が見いだした道は、とにかく痛みの伝わる、そして圧倒的な強さで相手もお客さんをも驚嘆させるプロレスでした。
そして迎えた佐々木義人戦。ラリアットでふっとばされたらその重い膝で三倍返し。ぶちかまし、カンヌキ、頭突きとその体格を生かし切った石川選手のスタイルは完全に確立され、相手の体が浮くほどのヒザ蹴りには見ている側も胃が痛くなるほど。
そして高角度のスプラッシュマウンテンで文句なしの防衛を果たし、次に立ちはだかったのは既に挑戦者として決定している男色ディーノ…かと思いきや、関本大介選手でした。
「大晦日の借りもあるし、大日本として義人が取られたのでそれを返さないと。石川修司とシングルがやりたいです。ベルトはどっちでもいいです。やっぱりあの膝、そして頭突きは気をつけないといけない」
ということなので、既に決定している2.11DDT後楽園のKO-D無差別選手権石川修司vs男色ディーノの結果いかんに関わらず、このシングルマッチは行われることになるのではないかと。
更にその後リングに上がったディーノ選手とは「人生を賭けた闘いをしましょう」と感極まった表情で誓い合い、大家選手の号泣とか勘違いとかいろいろあって、とにかくハッピーエンドで興行は幕を閉じました。
汗だくのままお客さんを握手でお見送りした後の、石川選手のコメントで印象に残ったこと。
「僕、最初は馬場さんのオマージュレスラーだったので。そこで本当にどうしたらいいかと思って、それで闘いたいと思ったのが関本選手だったり義人選手だったりHARASHIMA選手だったり。そこに追いつきたい、追い越したいというのが僕の目標だったので、本当に今苦しいですけれど、充実感があります。だからもっと自分磨いて、強い選手と闘って、自分とユニオンのステイタスを上げていきたいです」
195センチという恵まれた身長ゆえに与えられたポジションに悩み、前座で苦悩し、もがきながら見つけた今のスタイル。そしてその横には、愛すべきユニオンの仲間たちがいる。苦節7年、気が優しくて力持ちを地でいく石川修司選手が、自らつかみとったのが今のスタイルであり、ベルトであり、賞賛なのです。
よく言われることではあるけれど、地位が人を作り、そして人がそのベルトにまた輝きを与える。闘いが終われば相変わらず優しい力持ちの石川修司選手ですが、防衛を重ねていったその先には、去年はいちスタッフとしてリングに上がることもなく、入り口で無料DVDを配布していたDDT両国大会に、チャンピオンとして上がる可能性も出てくるのです。これは何と痛快なことでしょう! ちょっと今の石川選手には負けるイメージが全くないので、これはかなり現実味を帯びた話です。
加えてかつて勝てなかった相手にリベンジする「ジャイアントお礼参り」のどこかには、2008年のプロレスサミットで相対した高山善廣選手の名前もきっとあるんじゃないかと。この日バックステージでマサ高梨選手たちと「いつかは高山さん」と照れながら名前を出していた石川選手ですが、今の石川修司ならば何ら萎縮することもなく、帝王高山善廣の前に立つことが出来るはず。あまり大きなことを言うタイプではない石川選手ですが、いつかそんな日が来るのを待っています。 - 2010.1.18.mon
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第68回 永田さん銅像メイキング画像、そして内館牧子さんに聞く相撲のこころ。
皆さんこんにちは。最近ついに、デビューしたばかりのレスラーの方々に「子供の頃からサムライ見てました」と言われるようになった三田佐代子です。そうですよね…。今年でおサムライ生活も14年目、そろそろ子供の頃からプロレス専門チャンネルがあったプロレス大好き少年少女たちがリングに立つ頃ですよね(遠い目)…。
そんな、初めてディズニーランドに行ったのは中学2年生、初めての携帯電話は26歳、初めてのチューは(自己規制)のわたくしがお届けする猫耳アワーは、ざっくりと新年会で入手したあれやこれやの画像をお届けします。
それは先週の火曜日のことでした。いつも通りスタジオ入りし、いつも通り東スポを手に取るとその裏一面には銅像になった永田裕志選手の勇姿がでかでかと掲載されているではありませんか!やるぞやるぞとは聞いていましたが、本当にやるとは…。「パニック」「怪奇」「不気味」との見出しがおどろおどろしく並び、あまりの衝撃にこの画像をtwitterに投稿したところ完全にTLは永田さんと、「さくらや全店閉鎖」の話題で埋め尽くされました。ポイントカードに勝ったよ永田さん…。
更に東スポのwebには不気味すぎて紙面への掲載を見合わせたと思われる白目銅像の画像がupされたのですが、今回何と!それを上回る衝撃画像を入手いたしましたのでここに晒したいと思います。
銅像掲載の翌日、恒例の新年会で永田さんにお目にかかりました。おサムライ生活14年目といっても定期的にお酒を飲ませて頂けるほどの関係は実は永田裕志選手だけ、という寂しいわたくし。勇んで出かけ「永田さん、やりましたね銅像!」と声をかけると「ミタさんああいうの好きだべ?」とこちらの心を見透かすようなご発言! ばれてる! しかも「まだまだ面白い写真ありますよ」といって見せて頂いたのがまずはこれ。銅像制作過程です。紙面掲載の時にはご本人のあまりのノリノリぶりに、ネット界隈では「これ全然罰ゲームになってないよ…」とみな呆然としたのですが、このうちひしがれた様子でペンキを塗られている様は正に罰ゲーム! しかも、写真には写っていませんが、カメラのこちら側にはこの塗られている永田さんを見つめるお父様(元校長先生)と、奥様&生まれたばかりのご子息がいらしたというから更に驚きです。ていうか何で家族一同勢揃いして銅像作ってるんですか、って話。お坊ちゃまが、某大社長のところのお嬢さんのように、緑のペンキがトラウマにならなければいいなと思ってます。
で、塗り終わったら車で移動。移動する時にはパーカーのフードをかぶって移動されたそうですが、尚いっそう怖い。水木しげるの妖怪的な怖さ。チャームポイントである白目がくっきりと白い。
東金市の観光スポット、雄蛇ヶ池に移動してこのポーズ。これはクラーク博士をイメージされているんだそうですが、全然違うような…。少年も大志を抱きづらい…。
まあとにかく、何をやるにも一生懸命で、サービス精神あふれる永田さんが私たちは大好きだ、ってことがしみじみわかる今回の銅像でした。ちなみに銅像の台座は、たまたま新日本道場にいらした獣神サンダーライガー選手がペンキ塗りを手伝って下さったんだそうです。やたらと贅沢な銅像だったんでした。
そしてその翌日。「かぶってますかー!」でお馴染みの東スポ柴田さんに誘って頂き、何と内館牧子さんと新年会をご一緒させて頂きました。
今場所で横綱審議委員の10年という任期を満了される内館さん。相撲と、プロレスをこよなく愛し、そしてそのどちらもこの先の行く末を案じておられます。
同じ格闘技といっても相撲に関しては全く不勉強な私に、今の相撲界が抱える問題、そしていかに相撲が素晴らしい世界であるか、その成り立ちも含めて愛情たっぷりに教えて下さった内館さん。失礼を承知で申し上げますが、お相撲やプロレスについて嬉しそうに語る時の内館さんは少女のようで、本当に可愛らしいお方なのです。
「今回の選考会ではミタさんがラディカルな意見をバンバン言って下さって、とても議論が活性化したと思う。デスマッチやインディーのレスラーにとっては、本当に励みになったと思うんですよ」
そうおっしゃって頂いて私も背筋が引き締まる思いでした。
何事も年数を重ねていくと、慣れやわかったふりをしてしまうことが多くなります。それが一番いけないし、怖いことだと思うのです。
プロレスに対していつまでも純粋で、そして真摯な態度でこれからも取り組んでいかないといけないんだな。内館さんとお話しさせて頂いて、気持ちも新たになりつつたくさんビールを飲んでしまった楽しい夜でした。内館さんの域に少しでも近づけるように、わたしこれからも精進いたします!
『永田裕志は美しい…(以下略』 - 2010.1.11.mon
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第67回 フレッシュさんいらっしゃい
今日成人式を迎えたみなさん、そしてとうの昔に成人式を迎えたみなさんこんにちは。今年晴れの2回目の成人式を迎えた三田佐代子ですが何か?
ということで9日土曜日のSアリーナでは成人式に合わせて(ということなんだと思う)、去年デビューしたばかりのフレッシュなレスラーの皆様がゲストにおいで下さいました。
写真左から大日本プロレスの橋本和樹選手、大日本プロレス塚本琢海選手。私挟んでDDTの高尾蒼馬選手、DDT伊橋剛太選手です。
そもそもゲストの皆さんを両手に私が真ん中にいるのがおかしいって話ですが許して下さい。まあほら成人式2回目だし。ピースサインイタすぎ。
まず最初に96年の開局当時の映像が流れ、これでフレッシュさんたちに軽いジャブをかまします。全く誰得なんだって映像です。まあ私が見たかったんですが。こ れ は ひ ど い
別に強がりでも何でもなく、この頃に戻りたい…という気にさせないえげつないファッションセンス。そして化粧。そしてこのパツンパツンのほっぺた。フレッシュさんたちも「おおぅ」と声を挙げることしか出来ず、約一名「いや、今とあんまり変わりませんよ」とおっしゃったOPG界隈の方がいらっしゃいましたが、どっちにしてもあまり嬉しくないから。ちなみに96年当時ときたら、
高尾:8歳ですね。外で遊んでました。
伊橋:12歳かな。もう体重が70キロありました。
塚本:4歳です。年中(ねんちゅう)さんの頃です。
橋本:同じく5歳で年中さんですね。
ねんちゅうさん…。何と大日本のお二人は脅威の平成生まれ! 西暦に直しても1990年代! ていうか成人式は来年です!
まず4人の皆さんにそれぞれ簡単なプロフィールを書いて頂いたのですが、高尾選手の特技が「新体操」、伊橋選手の特技が「コーラ一気飲み」なのは1月3日のかくし芸プロレスをご覧になった方ならそれが何を意味しているかはよくおわかりだと思います。伊橋選手のスポーツ歴が「陶芸部」とか突っ込み所はいろいろあったのですが、一番気になったのは大日本塚本選手(オレンジタイツ)の特技の「小型車両系建設機械運転業務特別教育」。なにその長さ! 調べてみたらばこんな資格で、3トン未満のショベルカーやブルドーザーが運転できるらしい。しかも何とこの場で伊橋選手もこの資格を持っている事が判明。使えるぞ、この資格。大日本やDDTならいつ何時何が運命を変えるかわかりませんからね! 夢の特車対決!
デビュー戦の映像では伊橋選手の巨体が踊るムーンサルトに大日本勢が感嘆の声を挙げます。「この体格でこんなに飛べるなんてうらやましいです」と語る塚本選手ですが、実はあのムーンサルトはOPG道場で飯伏選手に「ちょっとやってみな」と唐突に言われたのがきっかけというから驚きです。さすが、伊橋選手(とマイケル)に無茶させることにおいては右に出るものがいないゴールデン☆スター。※危ないですから皆さんは絶対に真似しないで下さい。たとえ飯伏選手に無茶ぶりされたとしても、ですよ。
1月3日のDDTかくし芸プロレスでは、やはり新人の谷口智一選手(もと大阪府警第二機動隊第三中隊第一小隊爆発物処理班)と組んで5分近くある新体操の演目を披露した高尾選手。事の発端は谷口選手の方から「高尾くん、一緒に新体操やろうよ!」と誘われたっていうから人は見かけによりません。ていうか何でDDTってそんな新人ばっかり入ってくるんだ。高尾選手によれば、谷口選手の知り合いの新体操のプロ(?)にちゃんと振り付けも曲も考えてもらい、丸一日猛特訓したそうです。本番では総合司会の鶴見亜門さんに「長いよ!」と言われ、本番終わって先輩方に「新体操どうでしたか?」と聞きにいっても「長いよ!」しか言ってもらえなかったという高尾選手。「さすがにこれは長いんじゃないかと思いませんでした?」と聞いたら、「はあ。まあでも新体操のプロの人が考えてくれたのでこれでいいんだと信じてやりました!」と素敵な笑顔で。うん、間違ってないよー。いいよいいよー。
各団体の先輩方から新人さんへの激励のメッセージが放送されたのですが、DDTは高木大社長と中澤CEO。大日本からは小鹿社長と李日韓レフェリー、河上隆一選手。
メッセージの内容はちゃんと聞いてみればDDT首脳陣の方が厳しく、「お前らはまだ俺らの足を引っ張ってばかりでまだまだだ!競争は厳しいぞ!」てな具合だったのですが、何せ例のかくし芸プロレスで日曜6時半の主役をおやりになった直後のインタビューでまだ口紅やらほお紅やらが残ったままだったので、どうにも説得力が。高尾・伊橋両選手も「はあ、すっごく良いことは言って頂いているのはわかるんですがやっぱり口紅にしか目がいかなかったです…」と。その後の大日本首脳陣のインタビューがとても暖かく慈愛に満ちたコメントだったので、塚本選手と橋本選手は「こんなこと面と向かって言われたことないので嬉しいです」と感激していたのですが、何故かDDT勢は凹んでいて、「同じ社長なのに全然違う…。この違いはなんなんでしょう」と悩んでいました。カラーの違いよ! それだけのことだから安心して! 小鹿さんも高木大社長も無茶なことでは変わらないから大丈夫!
その後は「男色質問箱」と題して何故か男色ディーノ選手がフレッシュさん達に質問を。
男色第1問)最初に自分のお金で買ったCDは? あ、佐代子はもちろんレコードでいいわよ。
ちょと!何で呼び捨て! もちろんレコードですよ当たり前じゃないですか。この質問は私も結構好きで、ジェネレーションギャップを計るのにとても適したクエスチョンだと思うのですが予想以上の結果に。
三田:ゴダイゴ「ビューティフルネーム」(1979年)
橋本:エレファントカシマシ「今宵の月のように」(1997年)
塚本:HOME MADE 家族の何か(2005年くらい)
高尾:Kinki Kids「フラワー」(1999年)
伊橋:布袋寅泰「ギタリズム」(1988年)
どうですかこの世代間ギャップ…。ビューティフルネームからHOME MADE 家族まで26年くらい差があるんですから。ていうかついこないだじゃんそれ! 期待を遙かに上回る結果にクラクラきていたところ、最後に伊橋選手が全部持っていきました。袋布!
男色第2問)初めてのチューは? 佐代子はもう50年くらい前のことよね。
高尾:中2の時、家でゲームかなんかしていて。
伊橋:高校生の時、9歳年上の人と土手で。
塚本:幼稚園の時、カーテンに隠れて。
橋本:幼稚園の卒園式の時、隅っこで。
なんだこの早熟ぶり…。お姉さん固まりましたよ。しかもみんな思い出がリアル過ぎる!
男色第3問)今日の下着の色と形は?
塚本:グレーのボクサーパンツ。
橋本:青のボクサーパンツ。
高尾:紫のボクサーパンツ。
伊橋:ジーンズ(ノーパン)。
今時はみんなボクサーなんだねえ。もうブリーフとかトランクスって子はいないんだねえ。ちなみにディレクターから超厳しい指示が出てやむなく高尾選手のチェックをいたしましたが、鮮やかな紫色でした。
男色第4問)まあこの世界に入ったからにはみんなどうせいずれはアッチの世界にいくんだろうけど、今のうちにグッとくる女性の仕草を聞いておくわ。
橋本:さりげなく髪を耳にかける。
塚本:僕に気づいて小さく手を振ってくれる。
高尾:めっちゃ笑顔でピースサイン。
伊橋:斜に構えて投げキッス。
いずれもミタが一回試してみましたが、金八の物真似になったりいまどきのピースサインのやり方がわからなくなったり危うく放送事故ギリギリになったりしたので本当にすみませんでした。
まあ終わってみれば私だけがとても楽しかった、みたいな大変視聴者の皆さんには申し訳ない展開の1時間でしたが、フレッシュさんの個性がよくわかるSアリだったんではないかと思います。新人だろうと容赦なくかくし芸をやらせるDDTは、この先もやはり自己プロデュースが何より大事になってくるはずです。そして若手がとにかく充実している大日本勢は、まずはDダッシュの舞台から誰が飛び出していくか。いずれデスマッチのリングに足を踏み入れる選手も出てくるんじゃないかと思います。
更に大日本とDDT、共に関係も良好な団体ですから、三部の計なんかで今後同じリングに上がるケースも多々出てくるはず。そこで何か、この日一緒に出演したことが生きてくると嬉しいなと思います。とにかく同じ団体であれ近い団体であれ、同世代に張り合えるライバルがいるということが、プロレスラーにとってどれほど幸せなことかというのは諸先輩方が証明してきてくれていますからね。
まあ若い皆さんのエキスを充分に私も浴びたところで、3度目の成人式まで頑張るぞー、おー。
Profile
- 生年月日:1969年8月5日生まれ
- 血液型:A型
- 出身地:神奈川県小田原市
慶応大学卒業後、1992(平成4)年テレビ静岡にアナウンサーとして入社。 報道・スポーツ・バラエティなどあらゆる分野で活躍し、テレビ静岡の看板アナウンサーとなる。 より一層の飛躍を目指し、1996(平成8)年3月、同局を退社しフリーとなり古舘プロジェクトに所属する。 その後はプロレス専門チャンネル初代キャスターに抜擢。 現在、年間100試合以上の取材観戦でレスラー顔負けのアグレッシブさを見せている。 その他レポーターやMC、執筆活動など幅広く活躍中。 サヨコアリーナPLUSは、業界でもファンが急増中。