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最近のコラム
- 2009.6.29
第37回 「カ、カテェ」変格活用と、レスラーテーマ曲について。 - 2009.6.22
第36回 飯伏選手の前じゃ、みんながお母さん、の巻。 - 2009.6.19
第35回 テッドさんにお別れを。 - 2009.6.15
第34回 鳴りやまないスパルタンX。 - 2009.6.8
第33回 飛び続ける飯伏幸太。 - 2009.6.1
第32回 キン肉マン、吉田万里子さんに聞いたあのこと、など。 - 2009.5.25
第31回 シャンラララランランラン、ハッピバースデー15周年♪ - 2009.5.18
第30回 若者よ大志を抱け!の巻。 - 2009.5.14
第29回 ゴールデンウィークレビュー! - 2009.5.4
第28回 引退について考えてみた。
- 2009.6.29.mon
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第37回 「カ、カテェ」変格活用と、レスラーテーマ曲について。
皆様こんにちは、21世紀型MCの三田佐代子です。食パンには歌舞伎揚げを挟んで食べています(もちろん嘘です)(でもやってみたら結構美味しいんじゃないかという気も)。
飯伏選手とのMC世代闘争に闘わずして完敗しました。しかしそのせいで(ではないと思いたい)飯伏選手が急性咽頭炎とは! お願いですからこれを機にゆっくり身体とノドを休めて下さい。22世紀まで残り92年、旧世代軍として頑張ります。
そんなMC飯伏選手に「鈴木宗男さん」「鈴木亜美さん」「鈴木その子さん」「パパイヤ鈴木保奈美さん」と名前を間違われ続けたのにも関わらず、冷静に解説というお仕事を勤め上げられた週刊プロレスの鈴木健記者。とある会場でお会いした時に大変お疲れだったようで、「ネ、ネテェ…」と呟いていらしたのがドツボにはまり、「健さん! 『ネ、ネテェ』って超面白いんですけど! 流行らせましょうよ!」と喜び勇んで申し上げたら、
「いやミタさん、『ネ、ネテェ…』は我々のような昼夜逆転型のプロレス業界人には当たり前の言葉ですよ。ミタさんご存知なかったんですか? 『カ、カテェ…』よりも『ネ、ネテェ…』の方がよっぽど早いですよ」
と、あの飯伏選手MCの時のように淡々とおっしゃるではありませんか。し、知らなかったよ…。わたくしもまだまだプロレス業界人とは名乗れないということですよ。
ということで。ここで皆様に提案がございます。皆さんが大好きな『カ、カテェ…』の新しい変格活用を考えて下さい。そして、それをどんな時に使ったらいいかも合わせて送って下さい。送り先は、mitanekomimihour@yahoo.co.jpです。
【例】
1)ナ、ナゲェ…
2)あまりに長すぎるメアドを見た時に発するひと言。
というふうに、『カ、カテェ…』の新バージョンと、それを使う最適シチュエーションも送って下さるようお願いいたします。来週の猫耳コラムで発表しますよ! ふるってご応募下さい。皆様がいて猫耳がある! 皆様が1人でもいる限り猫耳アワーは永遠に不滅だ!
そんな、突如としてインタラクティブ型コラムにしたのは別にネタ切れだからということではないのですが、閑話休題。今回はレスラーのテーマ曲についてちょっと考えてみました。
それというのも以前このコラムでも書きました通り、このところ頭の中でずっとスパルタンXが流れており、そのスローバージョンを聴いていてとてももの悲しい気持ちになり、ふと「レスラーのテーマ曲って何で短調の曲が多いんだろう?」と思ったのです。
音楽には長調と短調があり、長調はメジャーコード、短調はマイナーコードとも言われます。長調と短調の違いについての説明は音楽的にとても面倒くさいのでやめますが、端的にいうなら長調=明るい感じ、短調=淋しい感じと思って下さい。プロレスラーのテーマ曲で言うと、あの「スカイハイ」、ありますよね。スカイハイは出だしは短調ですが、サビの「stop,youve blowin it all sky high〜♪」のところは長調に転調しています。なんとなく、雰囲気だけでも長調と短調の違いがわかって頂けましたでしょうか。
で。
いろいろテーマ曲について思い返してみたのですが、三沢光晴選手の「スパルタンX」も破壊王の「爆勝宣言」も、蝶野選手の「クラッシュ」も武藤選手の「HOLD OUT」も今の「閃光魔術」も、小橋選手の「GRAND SWORD」も音楽的には全部、短調になります。サスケさんの「みちのくプロレスのテーマ」もそうです。もっというと猪木さんの「炎のファイター」も短調になります。
これは何故なのか? 専門家の方でなければわからないと思い、「GRAND SWORD」や「HOLD OUT」などプロレスラーのテーマ曲をたくさん作曲されている、鈴木修さんに伺ってみました。
鈴木さんによると、
「世の中の曲は全て、マイナー調、メジャー調には必然性があり、プロレスラーのテーマ曲でいうと真剣な雰囲気を出すためにはマイナー調が必要となってくる」
ということでした。
例外としては、
「別の感覚として、相手がいないほどにあまりに強く、誰からも慕われている存在になると、メジャー調になる場合があります。馬場さんの『王者の魂』がそういうことになるんじゃないでしょうか」
とおっしゃっていました。
他にメジャー調の曲としては馳さんの「TWO HEARTS」、小島聡選手の「STYLUS」があるそうです。確かに! 馳さんのテーマ曲、めちゃめちゃ明るくてキラキラしてて大好きでしたよ。
それからサスケさんにも、あの名曲「みちのくプロレスのテーマ」について誕生秘話を伺いましたところ、みちのく旗揚げ直後にテッドさんから「オリジナルテーマ曲を作ろう!」という発案があったんだそうです。ラウドネスのギタリストをやっていらした柴田直人さんが作曲で、
「従来のプロレステーマ曲っぽくなく」、
「重すぎない、早過ぎないハードロック」、
「闘いの始まりを連想させるメロディ」、
「老若男女、一般層にも広く受け入れられる楽曲」、
「向う100年聞き飽きない曲」等々の
というイメージを出し合って、ほぼ最初のデモテープでもう今の形が出来上がっていたんだそうです。すごい。
ちなみにそのみちのくのテーマ曲のレコーディングと同日に、あのサスケさんが歌う「セパラドス」も録音されたそうですよ。サスケさんの歌入りセパラドスは、また別の意味で、もの悲しいです(笑)。
いやあ面白い。ちょっと今回だけでは書ききれないので、このレスラーテーマ曲についてはおいおい調べていき、またご紹介していきたいと思います。レスラーの皆様にもしつこくテーマ曲について質問させて頂くこともあるかと思いますので、どうか嫌がらずに教えて頂けるととても嬉しいです。
ちなみに私がレスラーだったら、今はこの曲でめっぽう明るく脳天気に入場したいね! - 2009.6.22.mon
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第36回 飯伏選手の前じゃ、みんながお母さん、の巻。
良い子の皆様こんにちは。好きな超人はラーメンマン、好きなタッグは2000万パワーズ、好きな試合はキン肉マンvsウォーズマン、一番感動した台詞はジェロニモの「だってオラは人間だから」のミタサヨコです。ご報告が遅くなりましたが公約通り「キン肉マニア」のOA前に全巻読破したんですよ! 思いのほか「王位継承編」が長くてあせりましたが、キン肉マンに没頭した10日間は非常に楽しいひとときでした。連れ合いがこじゃれた風に「1Q84」なんか読んでる隣で、猫をはべらせながら童心に返って(といいますか普段から童心ですのでわざわざ返る必要もなく)夜が白々と明けるまで手に汗握ったり涙ぐんだりした日々は必ずしもわたくしの糧となるでしょう! さて次は何を読んだらいいかしら。ドラゴンボールも長そうだし…。
悲しいことが続き(1つ手前の回でテッドさんのこと書きました)、私も無念さを書き綴ってきましたが、こないだのみちのく後楽園大会のサスケさんの試合後コメントにはっとしました。
「軽々しく追悼だとか捧げるつもりとかではなく、今これからファンの皆さんと生きる。それだけですよ」
サスケさんのテッドさんへの思いは今更私ごときが語るべくもありませんが、そんなサスケさんだからこそ、簡単に「テッドさんのために」とかそんな言葉を吐かずに「今を生きる」とおっしゃったことが、私の気持ちを奮い立たせてくれました。そう、今を生きるレスラーについても語ろうではありませんか。
ということで、改めてスーパージュニアを駆け抜けた、皆さんがそして私が大好きな、飯伏幸太選手について書きます。
ご存知の通り初出場ながらベスト4という好成績を残した飯伏選手。全試合終了後にマスコミ各社が個人賞を授与したのですが、サムライTV賞として私は飯伏幸太選手を選ばせて頂きました。恐らく他にも飯伏選手を選出する社はたくさんあるだろうと思ったのですが、少なくとも今回のマスコミさん達の中で誰よりも長く飯伏幸太を見ているのは私だ、という自負もありましたし、ひいき目なしに見たって素晴らしいファイトだったと思います。
リング上でトロフィーを渡すとき、ちょびっとだけ飯伏選手と話をしました。
ミタ:楽しかったですか?
飯伏:凄く楽しかったです。
ミタ:手は大丈夫?
飯伏:けっこう痛いです。
書いてみるとあまりにシンプルなやり取りなのでびっくりしますが、それでも喜んで頂けて、そして後楽園を埋め尽くしたファンの皆さんにも喜んで頂けて、安堵しました。
思えば序盤で左手を痛めたと聞いた時から気が気でなく、各地の試合を撮りに行っているスタッフに「飯伏大丈夫だった?」と聞いてまわっていたのですが、最終日の後楽園はちょっと様子が違いました。
試合前にバックステージにいた伊橋選手に「飯伏選手は?」と聞いてみたところ、「今日は凄くナイーブになっていて…。僕も近寄れないです。試合前にはいつも一緒に入場するのかとか聞くんですけど、今日は先に行っててって言われたので」と声を潜めていました。スーパージュニア準決勝という大舞台、思うように動かない手首、あの天才飯伏幸太をもってしても、極度の精神状態に置かれていたようです。
ちなみに、飯伏選手のセコンドとして毎度おなじみのはずの中澤マイケル選手ですが、先日DDT新木場大会で大野ロクタロウさん派閥についてDDTに反逆したので、当然のことながらセコンド業務には従事されておりませんでした。
しかしそんな中で行われた飯伏vsデヴィットの試合は素晴らしかったです。もともと別ブロックだったこの2人、決勝トーナメントに進んで対戦が実現したらいいな…と思っていたファンの皆さんは多かったと思うんですよね。もちろん私もその1人。その期待通り、2人の身体能力とプロレス力がきっちりと噛み合った好勝負でした。
試合後、「スーパージュニアは思った通りの舞台でしたか?」と聞いてみたら。
「本当に最高の、最高峰の舞台だと思います。もう一度やりたいですね…。次も必ず出ます。次のスーパージュニアは、来年ですか? 出られるんだったら是非出して欲しいです」
次は来年ですか?のくだりでそこにいたマスコミ陣が全員「そ、そうですよ」とうんうん頷いていたのが可笑しかったですが、飯伏選手らしさが全開の、スーパージュニアだったと思います。
全試合終了後に週刊プロレスの紅一点、DDT担当の鈴木彩乃記者と一緒になり、「無事に終わって良かったねえ」と言いながら帰りました。彩乃ちゃんとは会場で顔を合わせるたびに「飯伏選手大丈夫かなあ」とそんな話ばっかりしてたので、「ベスト4ももちろん嬉しいけれど、とにかく飯伏選手がスーパージュニアを走り終えてほっとした」というのが共通の思いでした。
「何だか飯伏選手のことになるとまるで親兄弟みたいに心配しちゃうよね」と言ったら、
「みんなそうなんですよ。何だか、飯伏選手のことになると、みんなお母さんになっちゃうんですよ。私もミタさんもそうだし、DDTの松井さんとか、ディーノさんとか、みんな飯伏選手のお母さん状態になっちゃうんです」
と言うのがものすごく腑に落ちました。なるほど、飯伏選手に対しては、みんなお母さんみたいな気持ちになるんですね(まあディーノさんに関してはお母さんであながち間違ってないかもしれないけど)!
ご飯ちゃんと食べてるのかとかお友達は出来たのかなとか、「好きなことだけしてていいのよ」とか「ピーマン嫌いだったら残していいわよ」とか、「掃除当番なんかしなくていいから」とか、大事に大事にガラスケースかなんかに入れて大切にしたい気持ち。わかるよな気がします。
思い返せばちょうど5年前、HERO!のマスクをかぶったプレデビュー戦から、ひもじすぎて八百屋さんの店先から勝手にトマトを取って食べてしまったという新人時代、柿本大地選手とのDDT生え抜きコンビでのKO-Dタッグ奪取、直前でキャンセルされたK-1戦、路上や山での試合、様々な飯伏選手を見てきました。あの独自で学んだプロレスが、遂にメジャー団体のリーグ戦のベスト4という成績を残し、何より選手、関係者、ファンに広く認められるようになったということが感慨深いです。
そんな後楽園を沸かせた2日後には、豪雨の浅草花やしきでやりたい放題。白鳥の乗り物から飛んだりフリーフォールで足をぶらんぶらんさせたり、最後には「これで僕のスーパージュニア決勝戦が終わりました。終わり。」だそうですから感服しますよ、ええ。
これからも私ども一億総お母さん達を、びっくりさせ感動させ続けて下さい。出来ればケガしないように、ね。飯伏幸太を見続けることが出来る幸せを、これからもずっと感じていたいと思います。
…と終わろうと思ったら衝撃情報が! 何と、今週水曜日の24日、飯伏幸太選手がSアリーナのゲストMCをやるんだそうです! ぎゃー、びっくりさせ過ぎ、どんだけチャレンジャーだサムライTV! そして1時間でどれだけ大量のカンペが用意されるんだ! 超楽しみです。終わり。 - 2009.6.19.fri
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第35回 テッドさんにお別れを。
テッド・タナベさんにお別れを言いに、名古屋まで行ってまいりました。
それはそれは大変な数のレスラー・関係者が集まりました。東北から千葉から東京から愛知から、大阪から広島から九州から沖縄から、男子レスラーも女子レスラーも、現役の人も引退した人も、マスクマンも素顔の方も、いい人も(リング上では)悪い人も、有名な方もそれなりな方も、テッドさんがリング上に残してきたこの20年以上の功績がよくわかる、見事なまでの幅の広い顔ぶれでした。
テッドさんといえばやっぱりあの1999年のみちのく大量離脱の時の、記者会見での涙を思い出します。デルフィン選手がみちのくプロレス離脱の記者会見をやっているところに青SASUKEが突如乱入(いわゆるプロレス的なお約束では一切なく)、「デルフィン、お前もうみちのくにはあがらないのか」「上がらない」「そこの若い選手達もみんな連れていって面倒見られるのか?」「見られるよ」「本当なのか」といったもの凄い緊張感のあるやり取りの中で、突如テッドさんが
「もう、やめて下さい! あなた達がそんなふうに言い争っているのを、若い選手達がどんなに悲しんでいると思ってるんですか」
と涙声でいさめ、デルフィン選手たちが退席した後に青SASUKEのままのサスケさんと「テッちゃんごめん、ごめんね…」「マサ、いいんだよ。また頑張ろう、2人で頑張ろうよ」と抱き合って泣くという、胸を締めつけられるようなことがあったのです。もしあの場面でテッドさんがいさめなかったら、もっと取り返しの付かない泥仕合になっていたかもしれないし、またデルフィン選手とサスケ選手をいさめることが出来るのはテッドさんしかいませんでした。リング上で起きていることが限りなくリアルな感情で動いていた当時のみちのくで、孤立しかけていたサスケさんを本当の意味で救ったのは、やっぱりテッドさんでした。
私がお会いする時のテッドさんは、皆さんが思い描く通りのあのコロッコロした身体にはみ出すような笑顔。あきれるほど奥様のことが大好きで、臆面もなく何度もノロケられました。また奥様と同じくらい小鳥さんたちが大好きで、携帯電話には家で飼っているのとそっくりなカラフルなインコのお人形ストラップがどっさりと。「奥様も携帯につけていつも持ち歩いたらいいんじゃないですか?」とからかったら「んー、そう出来たらいいんだけどねえ」とまたはみ出す笑顔で嬉しそうに返されちゃったことを覚えています。
今日のテッドさんは、安らかなお顔でした。そして、あのTAKAvsサスケ戦を裁いた時に着ていた、最後の赤いみちのくのロゴ入りポロシャツを、身にまとっておいででした。これから長い旅路の果てに天国に行ったら、あの赤いポロシャツでまたレフェリーをなさるんでしょうね。あちらには先に行っている名レスラーたちもたくさんいるし、美味しいものも綺麗な小鳥たちもいるでしょう。ただ最愛の奥様が傍らにいないことだけはお寂しいでしょうが、もう少し、我慢して頂かないといけませんね。
あの、はみ出すような笑顔も、「フォール、ワン、ツー」という甲高い声も、もう二度と会えないし聞けない。三沢さんのことといいテッドさんのことといい、人は何でこんなにあっけなくいなくなってしまうんだろうと思います。ただ、生きている私たちは、生きることを許されている私たちは、生き続けなくてはいけない。
橋本さんがいなくなった時、普段あまりそういう感情を吐露しない武藤敬司選手が、バックステージで「橋本よぉ、生きてて受け身取るのはシンドいよ」と天に向かってつぶやいたことがありました。受け身の痛みも、そして勝利の喜びも、生きているからこそ。
この1週間、どのレスラーも大変なショックを受け、そしてそれぞれの形で立ち直り、またリングに上がろうとしています。どうか彼らのことをテッドさん、見守って下さいね。
テッドさん。本当に、ありがとうございました。 - 2009.6.15.mon
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第34回 鳴りやまないスパルタンX。
初めてお会いしたのはいつだったか、まだ全日本時代の最強タッグだったように思います。プロレスの話をしたことはあまり覚えていなくて、下ネタだったり世間話だったり。まだプロレス業界に顔を出すようになって間もない私にごく普通に接して下さったのがありがたかったです。

いかに若い頃はモテたかとか、タイガーマスクの覆面をナンパする時に先輩レスラーに貸してくれと言われたとか、女の子の家にこっそり遊びに行ったらその子のお母さんが帰ってきちゃって慌てて衣裳ケースの中に隠れたところ酸素が薄くて苦しくなって、このままじゃヤバいと思っていたところをその子が空気穴を開けてくれて助かったとか。
普段はロングスパッツのコスチュームなのに、普段着はけっこう可愛らしいものをお召しで、ボタンダウンのシャツにハーフパンツという出で立ちの時に「そのパンツいいですね」と言ったら「パンツの中身はもっといいよ」とあのニヤリとした顔で返されて、まだ純情真っ只中の私が頬を赤らめたり。
三沢さん! 三沢さん! 三沢さん。
いきなりいなくなってしまうなんてひどすぎるじゃないですか。みんな、本当に参ってしまっていますよ。私たち、いったいどうしたらいいんですか?
「そんなこと、俺に言ったって、ねえ?」といつものあのちょっと口を尖らせたような、苦笑混じりの顔が浮かびます。そう、いつもあまりにいろいろみんなが三沢さんにお願いするから、「しょうがないじゃんねえ」という場面が何度も何度もありました。
三沢さんのレスラーとしての素晴らしさは、私が今更語るまでもなく皆さんの方が長く、そしてよくご存知だと思います。私は三沢さんの、さんざん相手の技を受けて、コーナーでややグロッキー状態になって「やれやれ」という顔になって、そこから鬼のようにエルボーで反撃を始めるところが大好きでした。
入場からどことなくニヒルで、声高に相手を威嚇することも余計なアピールをすることもなく、圧倒的な存在感とその壮絶な受け身。そう、今思えばだけれど、三沢さんの試合はいつも切なさが漂っていました。もう次の技を喰らったら立ち上がれないかもしれない。明日はリングに上がれないかもしれない。あの刹那の表情は、いつも限界と背中合わせのファイトだからこそ生まれてくるのでした。でも、私たちは信じていた。それが例え危険と背中合わせだったとしても、限界の向こう側に三沢さんがいってしまうはずはないと。だって、三沢さんですから。
イベントの司会終わりなどで何度かお酒の席もご一緒させて頂きましたが、楽しかったなあ。女性男性問わず、その場にいる誰もが楽しめるようにと心を配り、とにかくお喋りしているだけで楽しかった。これまた他愛ない話で「どうやったら小橋が結婚するだろうか」とかそんな感じだったような気がしますが、なるほど、オトナの男の人がモテるっていうのはこういうことを言うんだな!としみじみ実感するようなひとときでした。ああ、どうやったらオトナの女になれるのか、また今度教えてあげようと言われていたのにそれっきりでした。
今回のことがどうにも自分の中でも整理し切れていないのは、どこをどうひっくり返しても三沢さんの死が(今ここで初めて死、と書きましたが)承伏しかねるからです。確かに橋本真也選手の時にも相当ショックを受けましたが、あの時は「破壊王は破壊王らしく、太く短く生きたんだ。破壊王らしい生涯だったよ」と何とか自分に言い聞かせることが出来ました。でも、三沢さんが、あの三沢光晴が、リングの上でさよならも言わずにいなくなってしまうなんてどう考えたってあり得ない。リング上で死ねたら本望だなんて、そんなの絶対嘘です。そんなこともう二度と誰にも言って欲しくない。
この無念さを、どう私たちは伝えていったらいいのか。三沢光晴ほどの名手がリング上で命を落とさなければいけないプロレスっていったい何なのか。もしかしたらこの先、心ないメディアによってプロレスが中傷されることがあるかもしれませんが、そこに私は、断固として闘っていかなくてはいけないと思っています。
そして、残された選手たち。彰俊選手のこと、欠場した秋山選手のこと、大きな悲しみと動揺の中でメインイベントを闘った潮﨑選手と力皇選手のことを考えます。どんな悲しさの中でも、残された彼らはリングに上がり続けなくちゃいけない。もちろんNOAHの選手たちだけでなく、今日もどこか日本中で、いや世界中でリングに上がっているであろう選手たちのことを考えます。
show must go on.
今日もリングトラックは走り続け、日本中のあちらこちらで待っている人たちのところにプロレスを運んでいきます。どうか辛い気持ちでバスに揺られている選手達に、安らかな眠りがおとずれますように。
そして三沢さん。これ以上、悲しいことが起こらないように、彼らを守って下さい。「そんなこと言ったって、ねえ?」とまたあの声が聞こえてきそうですが、三沢さんに守って欲しいんです、プロレスを。本当に。
昨日からずっと頭の中でスパルタンXが鳴っています。きっと、みんなもそうですよね? 今私たちに出来ることは、三沢さんについてたくさん思い出すこと。たくさんの素晴らしい試合、たくさんの楽しいトーク、ダジャレ、あの笑顔、とにかくたくさんもう三沢さんについて思い出そうじゃないですか。そして、これからもそんな三沢さんが人生を賭けて守り抜いたプロレスを、一緒に応援していこうじゃないですか。そんなことしか、今は出来ないから。
三沢さん。
本当にありがとうございました。三沢さんの試合を見たり、三沢さんと番組でご一緒した時間、とても楽しかったです。悔しくて悔しくて悲しくてたまらないけれど、歯を食いしばって私は、これからもずっとプロレスを見続け、伝え続け、書き続けていこうと思っています。だから今度お会いした時にまた「あれ、ミタちゃん老けた?」って言わないで下さいね。
どうぞ安らかに、お休み下さい。 - 2009.6.8.mon
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第33回 飛び続ける飯伏幸太。
先週の公約通り、キン肉マン全巻大人買いしましたよ! ブラックアイさんまで取り上げて下さったのでもう後戻りは出来ません。文庫版で買ったので全18巻、1日2冊のペースで進めばキン肉マニアのオンエアに間に合うはずだったのですが、現在ようやく悪魔超人編が終わったところだ! いやバッファローマン超つええ! しかし平和だったのもほんの数ページ、あっという間にもっと強いヤツが出てきてしまいました。あんなに苦労したのにあれは下っ端レベルってどういうことですか? 私は本を読むのはかなり速い方なのですがマンガはしみじみ読むくちでしかも「あれロビンマスクは何でグランドキャニオンでいなくなっちゃったんだっけ?」とか戻って読んだりするので遅々として進みません。間に合うのか? 間に合うのか私?!

ちなみに今のところ好きな超人はラーメンマン、ベストバウトはキン肉マンvsウォーズマンです。いやラーメンマンには泣かされるよ…。
さて今週はキン肉マンを読みつつ、飯伏幸太選手を追いかけてたり飯伏幸太選手について語ったりまあともかく飯伏選手についていろいろと考えた1週間でした。
皆さんご存知の通り、念願の新日本プロレスベストオブザスーパージュニアに参戦中の飯伏選手。基本的に「路上でプロレスしたい」「ショッピングセンターで試合したい」「怪獣と闘いたい」などと普通のレスラーとは違う感性の持ち主である飯伏選手ですが、スーパージュニアだけは本当に、レスラーになる前からの目標だったんだそうです。実は数年前に一度、参戦できるかもしれないということがあったのですが、いろいろな折り合いが付かずその時は実現に至らなかったんですね。何となく軽い気持ちで「残念でしたね」と言ったら、「いやあ本当に。本当に出たかったです。すっごい出たかったんです」と繰り返していたのがちょっと意外で、今でも覚えています。
カンペでの出場宣言からがっちり新日本ファンの心をキャッチし、いきなり初戦が後楽園ホールのメインで金本浩二戦。いやあ、土曜日だったので行けなくて本当に悔しくてねえ。スケジュールを見たら、飯伏選手の公式戦を見ることが出来るのは私にとってたった1日しかなく、なのでいてもたってもいられなくなりそのたった1度のチャンスである3日の所沢大会に行ってまいりました。
綺麗な体育館は超満員札止め。NOAHの青木選手とか、ドラゲーのYAMATO選手にはブーイングも飛びますが、飯伏選手には全く飛ばずむしろDDT以上に黄色い歓声が。例え飯伏幸太の凄さを全く知らなかったとしても、あの飄々としたたたずまいを見たら、全くブーイング飛ばす気も失せるというものです。
この日も後楽園同様、中澤マイケル選手がセコンドに。DDTを見慣れていたり飯伏選手の交友関係を知るモノにとっては当たり前のことなのですが、新日本担当の記者の方々にとってはこれがとても不思議に映るらしく、「何で飯伏選手はマイケルとか伊橋剛太とかをセコンドに連れてくるんですか?」と口々に聞かれます。そこで私は自信を持って、「それが飯伏選手にとって一番心安らぐからです」と答えるわけです。
実際のところ、これはマイケル選手から聞いた話ですが、いわゆるOPGの道場で飯伏・マイケル・伊橋の3人はよく一緒に練習をするらしく、「飯伏さんが新しい技を試したい時に一番最初に犠牲になるのが僕とか伊橋さんなんです」とのことです。
所沢大会の公式戦はvs田口隆祐戦。とても楽しみにしていた1戦だったのですが、田口選手の調子が今ひとつで、しかも飯伏選手も前日に左手首を痛めており、出来れば2人ともベストコンディションでもう1度見たい顔合わせです。
試合後、ご機嫌伺いに行ってみたらば思った以上に元気そうで安心しました。慣れない巡業、ケガの具合、メジャーの皆さんとの関係など、体調だけでなく精神状態もどんな塩梅だろうか、というのが一番気になっていたので。
ミタ:どうですか大丈夫ですか?
飯伏:はい、大丈夫です。手は痛いですけど。
ミタ:お客さんも喜んでますね。
飯伏:はい、まあ僕は空気読まない感じでやってます(笑)。
ミタ:マイケル選手はこれからもずっと付いていくんですか?
マイケル:いやあ僕はここまでです。ここから先は孤独な旅に飯伏さんに耐えて頂こうかと。
飯伏:いや、この人は自費で来ますから。まあレスラーじゃないですから控え室には入れませんけどね。
ミタ:あ、新日本だとレスラーじゃないんだ。
マイケル:あ、いや、じゃあ単なる飯伏ファンてことで。
ミタ:でも日曜日は新木場で昼夜もあるから大変ですよね。
飯伏:あ、DDTのことは全然考えてないです(即答)。
松井:おい!
と最後はやはり様子を見に来ていたレフェリー松井さんのツッコミもあり、こんな屈託のない会話が繰り広げられました。とりあえず、いつも通りの飯伏選手でとても安心しました。
あれだけの身体能力と持って生まれた華やかなビジュアルと、飾らない人柄。誰もがうらやむたくさんの才能を持ちながら、それと背中合わせにとても繊細な心と体。その後先を考えない危うさがまた、飯伏選手の魅力でもあるのですが、応援している方としてはたまらない部分も正直あります。
7日新木場ではDDT両国大会のメインでKO-D無差別級のベルトに挑戦出来る選手を決める、1dayトーナメントが昼夜に渡って行われました。結果的に飯伏選手は勝ち進み、6月28日の後楽園大会で高木選手との挑戦者決定戦に臨むことになったのですが、やはり体調が万全だったら…と思わざるを得ないシーンが何度もありました。
いくら飯伏選手が天才だったとしても、キン肉マンみたいに超人じゃないわけだから人からパワー分けてもらって復活なんか出来ないし、よっぽど私の手首やらヒザやらを差し上げたいと思ったところでどうにもならないしそもそも私の腕やら足やらじゃあ全然役にも立たないし。
新日本での期待度と、そして両国大会を控えたDDTでの期待度とを見て、改めて飯伏幸太という選手はプロレス界全体の宝物だと思うわけです。宝物だからこそ、大切にしたいし、壊しちゃいけない。
でも新木場大会が終わればいよいよスーパージュニアの巡業で、スーパージュニアが終われば花やしきプロレスがあるし、DDT後楽園もあるし、飯伏幸太は飛び続けるしかない。
とにかく、これ以上ダメージが蓄積されませんように。次に飯伏選手の試合を見るのは1週間後のスーパージュニア決勝戦。どうかそこで元気な、いつも通りの、飯伏幸太が見られますように。パワーも腕もわけてあげられない私たちは、結局祈るしかないんですから。
おわり。おわり。 。
Profile
- 生年月日:1969年8月5日生まれ
- 血液型:A型
- 出身地:神奈川県小田原市
慶応大学卒業後、1992(平成4)年テレビ静岡にアナウンサーとして入社。 報道・スポーツ・バラエティなどあらゆる分野で活躍し、テレビ静岡の看板アナウンサーとなる。 より一層の飛躍を目指し、1996(平成8)年3月、同局を退社しフリーとなり古舘プロジェクトに所属する。 その後はプロレス専門チャンネル初代キャスターに抜擢。 現在、年間100試合以上の取材観戦でレスラー顔負けのアグレッシブさを見せている。 その他レポーターやMC、執筆活動など幅広く活躍中。 サヨコアリーナPLUSは、業界でもファンが急増中。