2010.3.29.mon
第78回 かつて「ニュースの鬼」という番組があった。 土曜日の昼間、ずいぶんとご無沙汰している人から電話がありました。

「三田さんお久しぶり。あのね、急な話なんだけれど、岳美ちゃんが今日結婚するんだって。」

懐かしい人から飛び出した、懐かしい名前。

岳美ちゃんを覚えていらっしゃるでしょうか。もし覚えていらっしゃるとしたら、それは1996年のサムライTV開局当時からご覧になっている方です。

1996年、ファイティングTVサムライは日本初のプロレス格闘技24時間チャンネルとして華々しくスタートしました。その看板ニュース番組としてスタートしたのが、毎日夜11時から生放送されていた「ニュースの鬼」だったのです。タイトルは当時TBSで放送されていた「ニュースの森」という報道番組から拝借されたものと思われます。たぶん。

月曜から金曜を担当していたのが、今もプロレス格闘技やラグビーの実況などで活躍する矢野武さんと、私。そして土曜、日曜を担当していたのが、当時バトラーツのレフェリーだった島田裕二さんと、現役女子高生だった岳美ちゃんでした。
前列左が岳美ちゃん。後列左から矢野武さん、島田裕二さん。私が言うのも何だがみな若い

当時は東京ドームの脇にあるプリズムホールの中にあるスタジオから放送していて、飯田橋にあった制作事務所で自分でメイクをし、原稿を持ってプリズムホールに歩いて向かい、放送が終わるとまた飯田橋にみんなで歩いて戻る。そんな毎日でした。何故かビルのセキュリティがかかってしまい事務所に入れず、夜半までみんなでうだうだ喋りながら警備会社の人を待つ、そんなこともあったり。

サムライ開局当時のスタッフはこのあたりにも詳しいですが、今やK-1プロデューサーでありしるこサンド愛好者としてもお馴染みの谷川貞治さん、元週プロ編集者で最近では「僕の週プロ編集記」でもお馴染みの小島和宏さん、そして現在もブロンコスという制作会社で全日本プロレス中継などを担当している関巧さん。電話を下さった、今は格闘技ライターとして活躍中の藤村幸代さんも開局スタッフでした。こんなそうそうたる皆様に、私はプロレスとは何なのか、何を面白がって何を面白がったらいけないのか、を教えてもらったのです。

何度も言いますがプロレスを全く見たことがなかった私が、自分のスタンス、そしてサムライTVのスタンスがわからなくて関さんに尋ねた時のことは今でもはっきり覚えています。

「この番組はプロレスを知らない人にその楽しさを教えてあげる番組なんですか? それともプロレスファンのために番組なんですか?」
「後者です。プロレスファンのためのチャンネルです」

この答えで私は自分の置かれた立場を悟り、手当たり次第にプロレス本を読み漁ったりビデオを見たりしていました。藤村さんからは「これは絶対見なきゃダメ!」と伝説の横浜アリーナの女子プロ対抗戦、北斗vs神取のビデオを借りたなあ。また関さんからはこうも言われました。

「岳美ちゃんのポジションは『私はあんまりプロレス知らないんです』で構わないけれど、三田さんはそういう立場じゃないので、それは番組内で言わない方が良いと思いますよ」

「わからないんですぅ」と可愛こぶるという逃げ道も塞がれてしまい、かといって誰が見ても付け焼き刃なことはあきらかで、それでも負けず嫌いなものだから、ただひたすらにいっぱいいっぱいな毎日。悔しくって泣いたこともあったし、全日本女子プロレスを辞めてサムライTVのレポーターとして活躍していた長谷川咲恵さんと、よく飲みに行って愚痴をこぼしあいました。

そんな中、当時まだ静岡県に住む女子高生で、週末のたびに新幹線で東京に来てはプロレス会場に取材に行ったりキャスターをやったりしていた岳美ちゃん。女子高生はまだポケベル時代で、公衆電話から目にもとまらぬ速さでプッシュホンを押していたのが面白かった。まだ女子高生だから当然お酒は飲めないけれど、伸び伸びと、そしてさばさばした性格の岳美ちゃんは一緒にいても妹みたいで本当に楽しかったです。

今回の岳美ちゃんの結婚の話をtwitterに書いたら、日高郁人選手から反応がありました。

「岳美ちゃん、懐かしいですね。岳美ちゃんに会った時はまだ練習生で、10万回スクワットの時じゃないですかね」

そう、当時バトラーツの練習生だった日高選手は、今のオシャレな姿からは想像もつかないくりくり坊主頭で、何故か「リングの魂」では着付けのお師匠さん役で女子レスラーを騙すどっきりに登場したり、またデビュー戦の模様はサムライで密着させて頂いたりしたのでした。

「10万回スクワット」というのは、96年12月1日のサムライTV開局24時間番組の通し企画で、24時間レスラーがスクワットをやり続けるという過酷すぎる催しもの。バトラーズの若手選手たちが入れ替わり立ち替わり生放送会場でスクワットをやり続けたのですが、その記念すべき第1回は本当はアントニオ猪木さんにお願いしてあったはずで、私が台本通りに「では、記念すべきスクワットの1回目は猪木さんにお願いします!」と言ったら猪木さんが

「俺は明日試合があるからやりませんよンフフフフ」

とあっさりおっしゃって、わたし頭真っ白! あわあわして巧い切り返しも出来ないままにオロオロしていたら、機転を利かせて稔選手が「じゃあ僕がやりましょう!」と言って下さって事なきを得たのでした。稔選手にはほんと、足を向けて眠れませんって。

さて女子高生キャスター岳美ちゃんは、開局24時間番組でもレポーターとして活躍。激辛でお馴染みの大沢食堂の一番辛いカレーを食べる羽目になり、絶叫しつつ涙を流しながらも食べていたことを覚えています。無理なら食べなくていいよ、って言われてたのに。岳美ちゃんはそんな頑張り屋さんでした。

その他に控え室では藤原組長がお酒が切れてそれこそキレそうになっていて長谷川咲恵ちゃんがパニックになってたり、放送出来るはずの「イノキフェスティバル」が直前になってOA出来なくなったりと気の遠くなるようなことがあったのですが、そんなこんなで華々しく始まったはずのサムライTV及び「ニュースの鬼」も、いろいろあって開局当時のスタッフが軒並み退社し、年が明けるころには週末のみの生放送、「ニュースの赤鬼」「ニュースの青鬼」だけになってしまったのでした。事もあろうにクリスマス、サンタクロースの格好をした私と矢野さんが、

「大変辛いお知らせがあります。ご覧いただいているニュースの鬼ですが、年明けからは週末だけの放送になります」

と伝えた有様というのは当時ずいぶんと叩かれ、今思えばこんなにシュールなこともないだけれどかなり凹みましたよさすがに。いろいろな意味で。

その後春になる頃には地上波を経験した制作会社が入ってすっかりテレビらしくなり、生放送も復活したのですが、岳美ちゃんとはそれっきりになってしまいました。ある日ばったり自由が丘の駅で会った時にはすっかり綺麗なお姉さんになっていて、またご飯食べようね、って言ってたのですが実現できず。

女優さんとして活躍する岳美ちゃんを時折テレビで見かけて嬉しくなっていたのですが、ついに結婚、というお知らせを聞いてしみじみ、時が経ったんだなあと感慨深くなりました。

サムライTVもこの14年で様々にスタッフも替わり、スタジオも水道橋→目黒→中野→九段下→麻布十番→汐留→東陽町、とこれだけ変わりました。今でもプロレス、テレビに関わっている人もいれば、全く別の業界に行った人、結婚してお母さんになっている人もいます。

私だけが何となく同じ場所に居続けているのは何だか嬉しいようなこそばゆいような気分で、今でも後楽園ホールで会う度に関さんは

「三田さんの人生を僕らが狂わせちゃったんですね」

と笑いますが、こんなに人生を賭けて付き合っていきたいという仕事に巡り合わせて頂いたことを、そしてあの時何もわからなかったのに意地ばかり張っていた私にプロレスの楽しさを十二分に教えて下さったことに、とても感謝しています。 

落ち着いたら岳美ちゃんとも連絡を取って、いろんな懐かしい話なんかもできたらいいなあと思っています。サムライTV開局キャスター陣の中で岳美ちゃん以外はみんなまだ、この業界にいますからね!

改めて岳美ちゃん、ご結婚おめでとう。あの日激辛カレーを泣きながら食べていた岳美ちゃんがどんな綺麗な花嫁さんになったのかなあ。またいつか会えるといいね。
2010.3.22.mon
第77回 それはラブレターにも似た。船木誠勝vs鈴木みのる 全日本両国大会を観戦していたら見知らぬ方からコラーゲン入りドリンクを頂いたミタです。そんなに潤いが足りなかったか私…。週プロ佐久間編集長に笑われながらも美味しく頂きました。ありがとうございました。そんなわけで現在潤いたっぷりのわたくしがお届けする今回の猫耳アワーは船木vs鈴木の一戦について。

そもそも15年前のパンクラス両国大会で行われた船木vs鈴木を見ていたわけではないし、この2人の間に何があったのかを、正しく知っているわけではない。けれど船木選手が20年ぶりに純プロレスの世界に帰ってきて、それが以前ならば全く予想もつかない全日本プロレスのリングで、しかもそこには誰よりも長い付き合いの鈴木みのるがいる。それだけで思うこと、語れることはたくさんあります。

昨年9月の横浜大会でのシングルマッチは、鈴木選手が暴走しレフェリーの制止にも関わらずスリーパーの手を離さなかったため、鈴木選手の反則負け。それが今回は完全決着をうたうため、全日本プロレスとしても初の金網マッチで行われることになりました。数年前の自分に「船木vs鈴木を金網でやることになったよ」と言っても、「へえ、UFCみたいなケージマッチやるんだ」と返されるに違いない。そうじゃないんです。格闘技のケージじゃなくて、プロレスの、遺恨決着のために昔から脈々と受け継がれてきた、金網マッチという形式です。

金網マッチをやる理由は、セコンドの介入を防ぐ、逃げ場をなくす、といったあたりが主なるものだと思いますが、今回の試合の煽りVで私が一番はっとしたのは鈴木選手のこの言葉でした。

「誰にも邪魔されねえ、どこにも逃げ場がねえ、2人だけの金網マッチだ!」

ちょっと、これは見方を変えればものすごい愛の告白に似ているんじゃないだろうか。もう誰にも邪魔されたくない、2人だけの世界を作ろう。そしてその中に2人だけで入ろう。この金網マッチの提案は、愛憎がとことんまで高まった船木・鈴木の関係の中で、鈴木選手の船木選手に対するラブレターだったんじゃないかという気がしました。そしてそれに、船木選手は応えた。

果たして試合は予想を遙かに上回る壮絶な試合になりました。試合序盤、船木選手があっという間に鈴木選手の首を絞めた時には、15年前のわずか2分にも満たない秒殺で終わった試合の再現なのか、と場内も騒然、しかし何とかそれは逃れた様子。逆に金網に思い切りぶつけられ、船木選手はかなり早い段階で大流血に見舞われました。

鈴木選手の一本足頭突きには2人の師匠である藤原組長の姿が見え、船木選手の流れるような足関節にはパンクラス時代のハイブリッドレスリングが思い出されました。2人で、お互いが辿った道のりを確かめ合う試合。そしてそれは、誰にも邪魔されない金網の中で、愛の交歓というにはあまりにも過酷なやり取り。

愛と憎しみは紙一重、なんて陳腐なことを言うつもりはないけれど、やっぱりこの2人にとってどれだけお互いが大切な、唯一無二の存在なのかが金網越しに痛いほど伝わってくる19分の試合でした。そしてそれはプロレスの試合として、とても面白い試合でした。

最後、立ち上がれなくなった鈴木みのる選手の横で、血染めの顔を誇らしげに四方に向けて勝ち名乗りを上げるプロレスラー船木誠勝はカッコ良かった。そしてこれまでどうにもまだ格闘技の選手っぽさが抜けきれなかった船木選手が、遂にプロレスラーとして生まれ変わった一瞬でもありました。

バックステージの船木選手の言葉には、印象的なフレーズがいくつもちりばめられていました。

「リングの上で正面向いて思いっきりやってくる時の顔が、昔の鈴木みのると同じ顔してました。なんかアイツが俺に訴えたいことが、少しからだで教えられたような気がします。そういう意味では感謝しています」

「そういう意味では金網っていうのはものすごく、お互いの感情が一番伝わりやすいというか。外にはどうかわからないですけれど、中に入っている選手にとっては正面に相手しかいないので、一番集中しやすいシチュエーションだと思いました」

「今日という日の決着はつけたので、気分的には多少複雑ではありますけれど、やっと次に進めるなという気持ちになりました。また次に組まれたらそのときはその時で思いっきりぶつかって、何回でもやりたいと思います。向こうはまた続きと思ってもらっても構わないし、憎しみでぶつかってもらっても構わない。全部受け止めて、その上で自分も闘います」


繰り返し、「これを乗り越えないと次には進めない」という言葉が出てきました。きっと鈴木選手との関係は一生続くんだと思います。でも今回ひとまず、何度目かの決着が鈴木選手との間についた船木選手が、プロレスラーとしてどんな新しい一歩を踏み出すのかもまた興味があります。

そしてこの日ノーコメントだった鈴木選手も、この2010年に全日本プロレスのリングで金網マッチで船木選手と戦ったことを、間違いなく大きな意味のあることだと思っているはずです。お二人に「やっぱりかけがえのない相手なんですね」といっても素直にそう認めて頂けるとも思えませんが。

あの瞬間、金網の中の二人は確かにちょっと嬉しそうに見えました。こんな過酷な形じゃないとお互いの気持ちを確かめ合えないなんてプロレスラーって本当に大変だと思いますが、そういう相手に巡り会えたことは幸せなことなんだと思います。もの凄く濃密な、語らいを見せて頂きました。

Profile

三田佐代子
三田佐代子 Sayoko mita
  • 生年月日:1969年8月5日生まれ
  • 血液型:A型
  • 出身地:神奈川県小田原市

慶応大学卒業後、1992(平成4)年テレビ静岡にアナウンサーとして入社。 報道・スポーツ・バラエティなどあらゆる分野で活躍し、テレビ静岡の看板アナウンサーとなる。 より一層の飛躍を目指し、1996(平成8)年3月、同局を退社しフリーとなり古舘プロジェクトに所属する。 その後はプロレス専門チャンネル初代キャスターに抜擢。 現在、年間100試合以上の取材観戦でレスラー顔負けのアグレッシブさを見せている。 その他レポーターやMC、執筆活動など幅広く活躍中。 サヨコアリーナPLUSは、業界でもファンが急増中。