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第69回 そしてジャイアントは本物のジャイアントになった。
みなさまこんにちは。先週、S1の綺麗どころの皆さんがゲストMCにいらっしゃる時、担当ディレクターから「ミタさんも比較対象としてその日並んで出演しませんか?」と言われ丁重にお断りした三田佐代子です。アタシはハイライトか!
24日、ユニオン新木場大会でKO-D無差別級選手権試合、石川修司vs佐々木義人戦を見ました。こんなこと言うの失礼ですが、石川選手は本当にいいレスラーになったなあとしみじみ思う一戦でした。
最近、番組でも石川選手とご一緒する機会が多く、そのたびにその大きさと優しさに心温まる思い。「気は優しくて力持ち」って、本当にいるんだなあ!と実感しておる次第です。
もうよく知られた話ですが、高校時代の柔道部の先輩である佐々木貴選手を追ってプロレス入りし、その体の大きさと気持ちの優しさでスタイルに悩み続けたデビュー当時。
それが、ユニオンに移籍し、団体愛とプロレスラーとしての欲が芽生え、高木三四郎選手によれば人知れず格闘技の道場やキックの道場に通ってスタイルの幅を広げ、さらにはバチバチや大日本プロレスにデスマッチなど他流試合をどんどん行ったことでプロレスラー石川修司のスタイルが確立されていきました。
そして昨年、あの天才飯伏幸太に勝ってKO-D無差別級王座を奪取。年末にはHARASHIMA選手を破って防衛、さらには大晦日の三部の計で関本大介選手からも3カウント奪取と、その勢いはとどまるところを知りません。
そして毎回その勝利の後、非常に印象的な言葉を毎回石川選手は残しています。
「飯伏ありがとう! お前やっぱり天才だよ。お前がいたから俺は強くなりたいと思ったんだ」(09.11.29飯伏戦後)
「HARASHIMAさんに勝ててもう最高! HARASHIMAさんがいるから、このベルトは価値があると思うんです」(09.12.27HARASHIMA戦後)
こういった言葉の端々から、彼の「強さ」へのこだわりが見えます。あんなキャラクター揃いのDDTにおいて、飯伏選手のような華やかさがあるわけではなく、かといって男色ディーノのような際だった個性があるわけでもない彼が見いだした道は、とにかく痛みの伝わる、そして圧倒的な強さで相手もお客さんをも驚嘆させるプロレスでした。
そして迎えた佐々木義人戦。ラリアットでふっとばされたらその重い膝で三倍返し。ぶちかまし、カンヌキ、頭突きとその体格を生かし切った石川選手のスタイルは完全に確立され、相手の体が浮くほどのヒザ蹴りには見ている側も胃が痛くなるほど。
そして高角度のスプラッシュマウンテンで文句なしの防衛を果たし、次に立ちはだかったのは既に挑戦者として決定している男色ディーノ…かと思いきや、関本大介選手でした。
「大晦日の借りもあるし、大日本として義人が取られたのでそれを返さないと。石川修司とシングルがやりたいです。ベルトはどっちでもいいです。やっぱりあの膝、そして頭突きは気をつけないといけない」
ということなので、既に決定している2.11DDT後楽園のKO-D無差別選手権石川修司vs男色ディーノの結果いかんに関わらず、このシングルマッチは行われることになるのではないかと。
更にその後リングに上がったディーノ選手とは「人生を賭けた闘いをしましょう」と感極まった表情で誓い合い、大家選手の号泣とか勘違いとかいろいろあって、とにかくハッピーエンドで興行は幕を閉じました。
汗だくのままお客さんを握手でお見送りした後の、石川選手のコメントで印象に残ったこと。
「僕、最初は馬場さんのオマージュレスラーだったので。そこで本当にどうしたらいいかと思って、それで闘いたいと思ったのが関本選手だったり義人選手だったりHARASHIMA選手だったり。そこに追いつきたい、追い越したいというのが僕の目標だったので、本当に今苦しいですけれど、充実感があります。だからもっと自分磨いて、強い選手と闘って、自分とユニオンのステイタスを上げていきたいです」
195センチという恵まれた身長ゆえに与えられたポジションに悩み、前座で苦悩し、もがきながら見つけた今のスタイル。そしてその横には、愛すべきユニオンの仲間たちがいる。苦節7年、気が優しくて力持ちを地でいく石川修司選手が、自らつかみとったのが今のスタイルであり、ベルトであり、賞賛なのです。
よく言われることではあるけれど、地位が人を作り、そして人がそのベルトにまた輝きを与える。闘いが終われば相変わらず優しい力持ちの石川修司選手ですが、防衛を重ねていったその先には、去年はいちスタッフとしてリングに上がることもなく、入り口で無料DVDを配布していたDDT両国大会に、チャンピオンとして上がる可能性も出てくるのです。これは何と痛快なことでしょう! ちょっと今の石川選手には負けるイメージが全くないので、これはかなり現実味を帯びた話です。
加えてかつて勝てなかった相手にリベンジする「ジャイアントお礼参り」のどこかには、2008年のプロレスサミットで相対した高山善廣選手の名前もきっとあるんじゃないかと。この日バックステージでマサ高梨選手たちと「いつかは高山さん」と照れながら名前を出していた石川選手ですが、今の石川修司ならば何ら萎縮することもなく、帝王高山善廣の前に立つことが出来るはず。あまり大きなことを言うタイプではない石川選手ですが、いつかそんな日が来るのを待っています。 - 2010.1.18.mon
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第68回 永田さん銅像メイキング画像、そして内館牧子さんに聞く相撲のこころ。
皆さんこんにちは。最近ついに、デビューしたばかりのレスラーの方々に「子供の頃からサムライ見てました」と言われるようになった三田佐代子です。そうですよね…。今年でおサムライ生活も14年目、そろそろ子供の頃からプロレス専門チャンネルがあったプロレス大好き少年少女たちがリングに立つ頃ですよね(遠い目)…。
そんな、初めてディズニーランドに行ったのは中学2年生、初めての携帯電話は26歳、初めてのチューは(自己規制)のわたくしがお届けする猫耳アワーは、ざっくりと新年会で入手したあれやこれやの画像をお届けします。
それは先週の火曜日のことでした。いつも通りスタジオ入りし、いつも通り東スポを手に取るとその裏一面には銅像になった永田裕志選手の勇姿がでかでかと掲載されているではありませんか!やるぞやるぞとは聞いていましたが、本当にやるとは…。「パニック」「怪奇」「不気味」との見出しがおどろおどろしく並び、あまりの衝撃にこの画像をtwitterに投稿したところ完全にTLは永田さんと、「さくらや全店閉鎖」の話題で埋め尽くされました。ポイントカードに勝ったよ永田さん…。
更に東スポのwebには不気味すぎて紙面への掲載を見合わせたと思われる白目銅像の画像がupされたのですが、今回何と!それを上回る衝撃画像を入手いたしましたのでここに晒したいと思います。
銅像掲載の翌日、恒例の新年会で永田さんにお目にかかりました。おサムライ生活14年目といっても定期的にお酒を飲ませて頂けるほどの関係は実は永田裕志選手だけ、という寂しいわたくし。勇んで出かけ「永田さん、やりましたね銅像!」と声をかけると「ミタさんああいうの好きだべ?」とこちらの心を見透かすようなご発言! ばれてる! しかも「まだまだ面白い写真ありますよ」といって見せて頂いたのがまずはこれ。銅像制作過程です。紙面掲載の時にはご本人のあまりのノリノリぶりに、ネット界隈では「これ全然罰ゲームになってないよ…」とみな呆然としたのですが、このうちひしがれた様子でペンキを塗られている様は正に罰ゲーム! しかも、写真には写っていませんが、カメラのこちら側にはこの塗られている永田さんを見つめるお父様(元校長先生)と、奥様&生まれたばかりのご子息がいらしたというから更に驚きです。ていうか何で家族一同勢揃いして銅像作ってるんですか、って話。お坊ちゃまが、某大社長のところのお嬢さんのように、緑のペンキがトラウマにならなければいいなと思ってます。
で、塗り終わったら車で移動。移動する時にはパーカーのフードをかぶって移動されたそうですが、尚いっそう怖い。水木しげるの妖怪的な怖さ。チャームポイントである白目がくっきりと白い。
東金市の観光スポット、雄蛇ヶ池に移動してこのポーズ。これはクラーク博士をイメージされているんだそうですが、全然違うような…。少年も大志を抱きづらい…。
まあとにかく、何をやるにも一生懸命で、サービス精神あふれる永田さんが私たちは大好きだ、ってことがしみじみわかる今回の銅像でした。ちなみに銅像の台座は、たまたま新日本道場にいらした獣神サンダーライガー選手がペンキ塗りを手伝って下さったんだそうです。やたらと贅沢な銅像だったんでした。
そしてその翌日。「かぶってますかー!」でお馴染みの東スポ柴田さんに誘って頂き、何と内館牧子さんと新年会をご一緒させて頂きました。
今場所で横綱審議委員の10年という任期を満了される内館さん。相撲と、プロレスをこよなく愛し、そしてそのどちらもこの先の行く末を案じておられます。
同じ格闘技といっても相撲に関しては全く不勉強な私に、今の相撲界が抱える問題、そしていかに相撲が素晴らしい世界であるか、その成り立ちも含めて愛情たっぷりに教えて下さった内館さん。失礼を承知で申し上げますが、お相撲やプロレスについて嬉しそうに語る時の内館さんは少女のようで、本当に可愛らしいお方なのです。
「今回の選考会ではミタさんがラディカルな意見をバンバン言って下さって、とても議論が活性化したと思う。デスマッチやインディーのレスラーにとっては、本当に励みになったと思うんですよ」
そうおっしゃって頂いて私も背筋が引き締まる思いでした。
何事も年数を重ねていくと、慣れやわかったふりをしてしまうことが多くなります。それが一番いけないし、怖いことだと思うのです。
プロレスに対していつまでも純粋で、そして真摯な態度でこれからも取り組んでいかないといけないんだな。内館さんとお話しさせて頂いて、気持ちも新たになりつつたくさんビールを飲んでしまった楽しい夜でした。内館さんの域に少しでも近づけるように、わたしこれからも精進いたします!
『永田裕志は美しい…(以下略』
Profile
- 生年月日:1969年8月5日生まれ
- 血液型:A型
- 出身地:神奈川県小田原市
慶応大学卒業後、1992(平成4)年テレビ静岡にアナウンサーとして入社。 報道・スポーツ・バラエティなどあらゆる分野で活躍し、テレビ静岡の看板アナウンサーとなる。 より一層の飛躍を目指し、1996(平成8)年3月、同局を退社しフリーとなり古舘プロジェクトに所属する。 その後はプロレス専門チャンネル初代キャスターに抜擢。 現在、年間100試合以上の取材観戦でレスラー顔負けのアグレッシブさを見せている。 その他レポーターやMC、執筆活動など幅広く活躍中。 サヨコアリーナPLUSは、業界でもファンが急増中。